第13話 昭和の一軒家の冬の光景


 5年生の正月も増本さん宅で4泊5日の正月を過ごさせていただきましたが、そのとき具体的に何をしたかは、正直あまり覚えていません。

 前年の11月末から鉄道研究会の例会に行くべく岡山大学の学生会館に来ていたわけだが、その頃どんな例会風景だったかとか、しっかり覚えているのだが、あの家の中のことってね、そこまではっきりとは覚えていないのよ、不思議だけど。


 ただ一つ、この家で迎えた大晦日の夜、どんなテレビ番組を観ていたかは覚えています。あの頃丁度漫才ブームでね、紅白歌合戦の裏番組で漫才をやっていたの。その家には幸いにもテレビが2台あってね、ぼくは紅白を観ている皆さんと離れて別の部屋の別のテレビを見ていた。

 あの頃のNHKは実にしっかりした番組を作っていたからね。今のようにぶっ壊されるような物言いをされることもないだけのことはされていました。

 子ども心には、番組中にコマーシャルが入らないことがうれしかった。

 実を言えばあのコマーシャルがあるおかげでテレビ番組を楽しめているのに、コマーシャルが入ったとたんにトイレに行ったり何か別のことをしてみたりで、なんか日陰者のように嫌われているのは今も昔もさほど変わらないか。

 もっともいまどきはテレビを見る人は少なくなっているけど、その分ネット動画でも、当時と同じことを皆さんお考えときたものだから、なんだかんだで、時代が変わっても媒体が変わっても、人の考えることなんてさほど変わりはしないってことでしょう。


 それで、年始にもなるとお隣のおじいさんのところに御挨拶に行って、子どもにしては世にもありがたい金額のお年玉と称されたお金をいただくわけ。ありがたいことこの上なかったよ。某園で正月を迎えてもそれなりのお年玉は出ていましたけど、全部集めれば間違いなくそれよりは上の金額になっていました。

 思いっきり債権国をさせていただいていたわけだけど、今はよくよく考えてみればとっくに債務国に転落(苦笑)しているわけだわ。甥と姪がいるからね。

 だけど、正月は私も神戸に用事があって出向いているから、会うことは基本的にないときたもので、言うなら債務不履行、デフォルト宣言が常態化しているようなものかな。


 増本さん宅のあの頃に戻します。

 正月は1日と2日の朝は雑煮、3日の朝は「ぜんざい」を食べました。

 昼と夜は、例によっておせちを適度にいただくってわけ。いかにも典型的なお正月ってことになるわな。おせちの中ではなぜか、かまぼこが好きでした。あっさりしていてね、あれを醤油につけて食べるわけよ。酒のつまみにもいいでしょ、だけどあれは、ごはんのおかずにも持って来いですよ。数の子とか何とかいろいろあったかもしれないけど、子ども心にはそうおいしいものという感じはなかった。もっとも今なら、酒のつまみとして重宝するでしょう。

 しかしあの「ぜんざい」の甘さって、今もって魅力なのよね。もっとも食べることなんて今はそんなにないけどな。汁粉も含めて。あ、でも、神戸サウナの下のすかいらーくで、大晦日に赤ワインを飲みながらぜんざいを食べたことがあったな。


 でも今は、そうそう甘いものが好きでしょうがないわけでもない。

 私自身が完全に酒飲みの味覚になってしまったってことがそのすべてだろう。

 もっとも、酒飲みの味覚になったことで悪いことばかりじゃないですよ。

 納豆なんて、子どものころ滅多に食べたことはなかった。

 卵かけごはんは某園で毎週金曜日の朝に出されていたから馴染んでいたけど、納豆は出されたことがなかったね。

 初めて食べたのは中学生のとき。わざわざ朝飯で食べるほどのものとも思わんからそう意識はしていなかった。

 それが酒を飲むようになって十数年後のある時、まぐろ納豆を頼んでみたの。これがまた乙で絶品。酒と納豆の相性、悪くないねぇ。さして食べてもいなかったものを食べられるようになったのはやはり、酒のおかげってことかな。


~ お酒の話はいいから、続き! と、メルさんより。


 あの家での冬の光景で今も覚えているのは、ぼくが寝させていただいていた親父さんのおられる部屋にあった灯油ストーブですね。あの上に水を入れた薬缶を置いて常軌を作って加湿して、その横で餅を焼いたりしていた。

 だけど今、強烈に思い出したことが一つある。

 あの灯油ストーブは、いったん火をつけて点火するのよ。

 今のように電気を使ってのモノじゃない。その火をつけるにはマッチを使っていました。それで点火した使用済のマッチ棒が、そのストーブの土台の隙間に何本も置かれていた。下手にすぐゴミ箱なんか入れたら火事にもなりかねませんからね。それから、その家の親父さんが煙草をよく吸われていたから、

 その煙草のための使用済マッチも、そこに置かれていた可能性がありますね。

 しかしマッチなんて、このところトンと見なくなったなぁ。ライターこそ、墓参りの線香用に買ったことはあるけど、それもいまどきは、電池式のろうそくなんて代物が売られる時代だからね。


 何で灯油ストーブかって、一軒家で持ち家だからできたってこともあるわな。

 今時のアパートでは、逆に契約で使用禁止にされているところも多い。電気も安くなったしエアコンでも十分だからな。

 薬缶で湿気を入れるにしても、それされると退去時の精算でまた余分な費用になりかねんでしょ。どうしてもというなら、加湿器でも買って使えってことよ。

 でも当時は、今と違って電気代って高かったからね。だから、電気はこまめに消そうなんてことを言われ続けていたわな。

 いまどきは電気代が少々高くなったと言っても、何千円単位で差がつくなんてことは一人暮らしならまずないからね。


 なんか知らんがこの冬の電気代、前年や前前年に比べても安くついているのよ。

 暖房は普通にエアコンで使っています。特にケチるような真似はしていない。

 でも、安くついているの。

 お世話になった先輩が亡くなる前に、あるとき、LEDの電気器具をいただいていまして、それから電気代が恐ろしいほどに安くなったのね。

 うちの家、確かに全部LEDですよ。

 テレビにしても、毎週日曜の朝は御存知の通りプリキュアを観ておりますが、それ以外、のべつ見ているわけでもないけど、前に比べればむしろ見る時間は増えたかもしれない。地上波の野球中継とかね。あとはパソコン。これも2台体制にして久しい。まあ、大体は1台で過ごすことが多いけど、ニチアサはもちろん2台体制の上にテレビ。

 そんなことしていても、電気なんて今やさほど高価な商品じゃない。でも、あの頃は確かに違ったね。あと、大家族や核家族にしても人数が多い所帯が多かったから、無尽蔵に電気なんか使っていたら大変なことになっていたでしょうよ。

 あれから半世紀近く経つけど、世の中、すごく変わったね。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「私たちが子どもの頃と今とで、どの国でも地域でも、相当な変化が起きていることは認めます。でも、あなたが今一人で鴨長明さんか兼好法師さんみたいに方丈庵暮らしされている今と、増本さん宅に行っていた少年のあなたの間には確かに連続性があって、変わっていないものもたくさんあるはず。あなたが変わったと思っているかどうかにかかわらず、ね」

 メルさんの弁に、作家氏が返す。

「表面の変化は、そりゃ、いくらでもあります。そこだけ見れば、人間は変わっていくものやで、って言えよう。でもメル姉、増本さん宅とのお別れを悲しむ小学生のぼくと、あのような家庭など死んでもお断りと言っている私、単に生物として、あるいは法で定める自然人として同一というだけの話でなく、確かに、変わっていないものもあることは、心底から感じられるものがあるのよ。人間なんてそう変わるものではない、ってレベルの話で」


 まだ外は明るい。

「そろそろ、飲みに出たいわなぁ」

「でもまだ空いている居酒屋はそうないでしょ。もう少し話してからにしようよ」

 有無を言わさぬ表情を作ったメルさんが、動画ボタンをクリックする。


・・・・・・・ ・・・・・ ・

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