第6話 予想を超えた手ごたえ

 じゃあ、小学生の頃に戻りますね。

 なんか腹の立つことばっかり出てくるのかと自分でも心配だったが、そんなことはなさそうでよかった。だからと言って、子どもの頃は楽しかったなんてことばかり話すつもりは毛頭ないです。ええ。


 あの夏は、確かお盆前の12日の夕方、迎えのクルマに乗って某園に戻った。4泊5日の疑似家族ってことになるかな、この時点で。

 しかし、私も先方も、予想外の手応えがあったみたいでした。

 程なくして短大生の娘さんからお手紙を頂いたことを覚えている。

 滞在時の写真も入っていたと思うが、詳しいことは覚えていません。


 こうなればもはや、あれこれ試している場合じゃない。

 さらに経験を積み重ねた方がいいだろう。そういうことになったようです。いい意味で、増本さん宅というクサビが、私の人生の中のどこかに打ち込まれたように思われました。


 小学校に行く途中、そのお宅の近くを毎日のように通っていましたけど、特に立寄ったりすることはなかったね。翌年に1回だけ、何かの用で立寄ったことはあるけど、それ以外の日にはなかった。


 そうこうしているうちに、冬休みが来ました。1978年の年末だ。

 丁度その年の10月にダイヤ改正があって、電車特急のヘッドマークが絵入りになったのよ。その一方で、合理化の一環として食堂車の営業停止や不連結も加速度が増してきていました。

 今思えば、この翌年7月のブルートレインのテールマークの絵入り化も含めて、目クラマシというか子どもだましというか、そういう要素が無きにしもあらずってところだが、国鉄という国を挙げての組織にいる大人たちによる、未来を担う子どもたちへの投資だと解釈すれば、それもそうでしょう。

 この頃から徐々に加速していく国鉄の合理化だけど、ここ最近の新幹線の車内販売の廃止やそれに先立つ在来線の車内販売の廃止なんかも、あの頃の構図とまったくと言っていいほど同じ構図が見えて取れます。

 時代が現在進行形で変わっている中、列車のサービスだけは特別にというわけにもいかないでしょ。特急列車の風格とか気品とかの問題にしてもそう。いつまでも昔の基準でというわけにはいかないよ。それ、まったく当時も今も一緒。


 それでは、その頃の私の話に戻ります。

 結局、この年の年末、12月30日から1月3日までの4泊5日間、私は再び増本さん宅で過ごすことになりました。

 行った日かその翌日かは忘れましたが、早速、善明寺のバス停、と言ってもお寺まで歩いて10分くらいかかる場所にあったバス停からバスに乗って岡山市内に出て、本屋で鉄道の本を買っていただきました。

 鉄道ジャーナル社が出版していた「国鉄特急列車1979」という雑誌でした。当時の価格で980円。今なら、2000円前後くらいじゃないかな。実際今の同程度の雑誌は、そのくらいの値段になっている。当時はレコードのシングルが600円で、今のCDのシングルが1200円前後ですから、まあそんなところじゃないかな。この本、それから年が明けて施設に戻っても、何度となく、ボロボロになるまで読みました。


 ただね、この本をめぐって、悲しい話もありました。

 翌年の3月頃か、少し年長の子2人から、あれは何だろう、小型のアイスピックのようなものだったかで、この本に思いっきり穴をいくつもあけられたのよ。この怒りがその年の夏頃についに爆発して、ひと悶着あったことを思い出した。


 だけど、この本自体はまだ読もうと思えば読める程度の状態だったから、後に鉄道研究会にスカウトされていくようになってからも例会に持っていっていました。

 するとまあ、おられた先輩方、その写真を見ただけで、どの路線のどの区間の写真かを次々と当てていかれたわけ。たとえその本にその記載がなくても、この人たちはすべて当てていかれる。なんか、すごいところに来たなと思った。とことん、鼻柱をへし折られましたね。それで私自身が鍛えられたというのはある。


 ただ、ああいう状況を何となく流していた某園のその頃の職員さん方には、不信感とまでは言わないけど、思うところは多々あるね。トップの園長が小学校の校長あがりの方で、思い切った改革ができていなかった時期というのもあるわな。

 別にその園長先生に恨みがあるわけではない。だけど今思えば、その先生の園長時代、当時主任児童指導員で後に園長になった大槻さんが、この調子ではだめだと思われたのも無理はないかなと、そんな印象を持っています。

 

 あの冬の正月の日々に戻しますね。増本さんのお宅の。

 大晦日の日は大掃除をしたわけだけど、なぜか私はそれには参加しなかった。でも、無理強いはされなかった。翌年からは、それきたとばかりにお手伝いしたけどね。それだけ、その家の家族の一員だという意識が強まったってことでしょう。


 久々に、養護施設某園以外の地での正月を迎えられました。

 1979年・昭和54年の元旦でした。

 お隣にはちゃんと年賀の御挨拶に行きました。それで、おじいさんとおばさんからそれぞれお年玉をいただいていました。いくらかは正確には覚えていないが、なんかうれしかったですね。これは、おじいさんがなくなる前の中1の年まで続きました。中1段階では、当時の金で5千円いただいていました。聖徳太子が真ん中におられる五千円札ね。

 

 こちら増本さん宅では、正月の2日は雑煮、3日目はいつの間にか、ぜんざいで正月を迎えるようになっていました。ただ、最初から3日は「ぜんざい」ではなかったと思うけど、正確なことは覚えていません。


 雑煮やぜんざいが出てくるということは、餅ね、お餅が出てくるのは避けて通れぬところでしょう。そのことを少し話させて。

 某園では、年末の大掃除が終った翌日には、必ずと言っていいほど餅つきを行っていました。これは御存じのとおり、日本の伝統行事みたいなものですからね。マジで餅つきをするのよ、朝から半日がかりで。その場でも食べるけど、この後正月明けまでかけての餅を、この場で「生産」し切ってしまうわけです。


 さて、こちら増本さん宅ではどうか。以前は、されていたみたいです。

 でもその頃は、子どもさんも大きくなっていたし、そうなれば皆さんお忙しいから、そんなことしている場合じゃないわな。だからね、スーパーかどこかでもちを買ってきてそれを使っていましたね。

 今思うと、なるほど、核家族っていうのはそうなっていくものかと肌身でわかるところです。そういうことを肌身で知れたことは、今の私の糧のひとつになっているってことね。


 そこに来てあの養護施設ってところは、季節感にあふれる行事をやっていたわけで、それで日本の文化の一端を肌身で知ることができたということだからね、それには大いに感謝しています。これは皮肉でも、まして嫌味でもないよ。


 年明けに初詣に行ったかどうかは、覚えていません。その時期はなんとなくテレビを見たり何かをしたりして過ごしていた気がする。正月らしくゆっくりできたと言えば聞こえはいいかもしれんけどね。今時は正月と言ってもそんな時間はないから、ああいう経験は幼少期のうちにしておいてよかったのかな。

 それから、この年のこの後、3日の日かな。下のお兄さんと、隣の従弟になる小学2年の子と、善明寺の境内に行って何か遊んだ覚えがあります。帰ってきたら、ちょうどお迎えの来る頃ってわけです。16時かな、お迎えが来ました。それで、おとなしく某園に戻って、また日常の繰返しに戻ったのよ。


 実はこの後、春にまた一つ嬉しい出来事がありました。それは追って話します。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「せーくんにとっては、久々の家でのお正月だったわけね。某園もそれなりにお正月を祝う行事をしていらっしゃったみたいだけど、それとはまた違うわね」

「そらそうよ、メル姉。有象無象のいささか歯抜けになった状態の中での正月と、厳密には人様の家庭とはいえ、そこで御裾分けよろしき形とは言えお正月を迎えさせていただくのとでは、月とスッポンとまでは言わないけど、やっぱり、その違いを肌身で味わうということは大事ってことやね」

 彼はそう言って、目の前の水を飲み干した。


「氷、取って来ようか? ついでにちょっと、部屋に戻って来るから」

 メルさんが氷を取りに廊下に出た間に、彼はトイレに行って用を済ませ、さらに机の上にあったウイスキーのボトルを出した。

 やがて、氷を持ったメルさんが帰ってきた。


「こら! 今からウイスキーはやめなはれ」

「いや、これ、飲みはせんけど見た目だけでも景気づけや」

「そんなのは、後にしなさいよ」

 かくして作家氏は、ウイスキーの栓を開けることなく、目の前の氷を取って水を入れて一口飲んだ。メルさんのほうも、氷と水を入れたグラスを口にする。


「じゃあ、1979年でしたっけ、春の話からね?」

「そのつもり也」


・・・・・・・ ・・・・・ ・

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