第4話 里子生活のスタート


 最初に行った1978年の夏は、4泊5日だったな。

 1日目は夕飯をいただいて、風呂に入ってテレビでも見てぼちぼち寝た。

 2日目と4日目に何があったかは、覚えていない。

 だけど、3日目に少しばかり遠出したことは、今も覚えている。あのときは、豪渓の滝に行ったのよ。豪渓の滝は、伯備線に乗って総社駅のひとつ米子よりの駅からしばらく歩いた先にあるのよ。


 ついでに申しておくと、その家の親父さんは自動車運転免許を持たれていなかった。裁判所の職員をされていて特に必要がなかったからというのもあるだろうし、クルマというものがいかに危険なものかを熟知されていたというのもあるだろう。また、無駄金の温床という意識もおありだったかも。

 だから必然ドライブなんてことはなくて、バスと列車を乗継いで行きましたよ。


 実は、2年前の小学1年生の夏休みにもその滝に某園の子らでまとまって遠足みたいにして行ったことがあってね。

 あのときは何かアイスクリームを食べた。

 でも、欲しいのが食べられなくて残念だった記憶もあるな。


 のちに豪渓駅は無人駅になったけど、1年生のときはまだ駅員がいる駅だった。

国鉄の夏服を着た駅員さんがいたのを覚えています。切符売場も機能していたから硬券の入場券もとうぜんあったはずよ。あれは国鉄が驚異の100%値上げをする前のことだったね。あの年の秋、初乗り運賃が30円から60円になったのよ。

 それから2年経って、3年生になって今度は別の人らと一緒に行ったときは無人化されていたかと言われると、どうだったかちょっと思い出せないのよ。いずれにせよ私が5年生で鉄道研究会に「スカウト」された頃にはもう無人駅になっていたはずだ。あの頃からすでに国鉄の合理化の嵐が吹き荒れていたから。


 某園の本棚にあった「大地の図鑑」と銘打たれた、昭和30年代に出版された子ども向けの本があってね、なんせ当時のカラー写真は今と比べても明らかに画質が低かった。なんか絵本みたいな感じになっていたのを覚えている。

 当時の子ども向けの鉄道本には、カラー写真は長年経つと劣化するということが書かれていたのを覚えているけど、今時は、パソコンなんかに取込んだら結構いい状態で保存できるし、なんだかんだで、カラー写真の技術も本なんかの印刷技術も進んだから、きれいなものですよ、今時は。

 なんせね、コピー機で印刷した白黒写真でも、カラーにしてみても、昔のカラー写真以上にきれいな出来ですからね。しかも、長持ちするときておりますわな。


 その時は確か、その「大地の図鑑」を豪渓に持っていったかもしれないし、それはしていないかもしれない。でも、増本さん宅にもっていっていたのは確かに覚えています。その本で火成岩のこと、特に花崗岩ってものがどんなものか、現物を見て学べたのよ。同じような過程で作られる他の岩についてもね。

 2年前の夏にも来た豪渓の滝に、今度はかりそめとは言え家族とともに来たというのは、なんか、大きな出来事になった気がします。

 いくら子どもにとって2年間は長いと言っても、まだ十分、2年前に来た記憶が残っていましたから、そりゃあ久しぶりに来たなって気持ちになれたね。

 それに加えて、花崗岩をしっかりと見ることもできたから大収穫ってところか。


 このときは、短大生のおねえさんと、御両親の3人で豪渓の滝に行きました。

 家族旅行とは厳密には言えないかもしれない。言うなら、家族旅行のようなものに過ぎないのかもしれないけど、そういう経験ができたことは、今思えばありがたいことだったと言えますね。


・・・ ・・・ ・・・・・・


 ここで、また少し休憩。


「別の家族とは言え、その中にお客様ではなく家族のような立場で入れてもらってそこでそういう経験ができたことは、せーくんにとって、それ、自分でやり抜いてきたことと同じくらいの価値があると思うけど、どう? あなたはかねて、自分の力でやり抜いたもの以外は身につかないようなことをおっしゃっているけど、そういうのは押し付けのお仕着せだから駄目なんてことは言わないのね?」


 メルさんの疑問に、作家氏が答える。


「そりゃ確かに、自分でやり抜いてきたものはしっかりと身についている。だからと言って、押し付けられたものや、単にそうして与えられたものはどうせ身につかないその場限りのものだなどというつもりはないよ。もっと言えば、そういう経験があるからこそ、後のぼくの経験が生まれたともいえる」

「急にぼくという表現つかったわね」

「ここで私というのはちょっとね。ましてわしとか(苦笑)」


「じゃあ、あなたはこう総括されるのかしら。その家族旅行のようなもので得られた経験は、後の鉄道少年としての自らの経験を作り出す上での原動力というか、その土台になったと」

「メル姉のおっしゃる通りです。まったくそのとおりヨ」

 作家氏はあえてビールなどの酒には手を出さず、ペットボトルの珈琲を飲む。

 相手の女性は、珈琲も飲まないわけではないが、今は紅茶のペットボトル。レモンティーのペットボトルの中身を氷の入ったグラスに入れ、少しかき混ぜるようにして飲む。


 窓の外は、岡山から西へ向かう列車が見える。それと同時に、東に向かう列車も西からやって来る。

 ちょうどそのとき、西へ向かう8両の新幹線が見えた。どうやら鹿児島中央、かつての西鹿児島に行く列車である。

「あの時期は、鉄道好きにはなっていたけど、まだそのことは、里親さんたちの間には伝わってなかったかもしれない。でも、その冬には明らかに伝わったね」

「あなたがいつか本に書いた、あのブルートレインがブームのときでしょ」

「そう。そこに向けて、さらに話していくわ。メル姉、再開しよう」

「じゃあ、よろしく」


・・・ ・・・ ・・・・・・・

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