第3話 大家族の中へ


 本当に、懐かしい。今あの頃の話をしているさなかにも、いろんなことが思い出されて、本当に、本当に懐かしい。

 今や、当時の増本さん宅のお父さんと同じくらいの年齢になったわけですけど、本当に、あの頃の愛情に満ちたあの家庭の味は、忘れ難い。


 あなたにお話するまでは、実のところ、その後に起こったことがたくさん思い出されてね、正直、不快な思いも多々あるわけだけど、それでも、幼少期のいろいろな思い出が、こうして話していく中で、どんどん思い出されてきます。

 正直、この人たちの話はしても仕方ないというか、し出すとどこか批判がてんこ盛りになりはしないかと危惧もしていましたが、何とか、話せていけそうだ。

 何でそんなことをわざわざ私が今言ったかは、おいおいわかるからね。でも今のうちは、種明かしはしないよ。それ言い出したら、もう罵倒にしかならなくなる可能性もあるからね。


 それからもう一つ、今思えば、私にとってものすごく幸いなことがありました。

それは、この核家族の家庭の物理的な隣地に、母親の両親、子どもさんからすれば、無論私から見てもそうだけど、祖父母にあたる人たちがお住まいでした。

 辻田さんというこちらの御家庭は、核家族ではなく典型的な大家族ってことになりますね。

 今、かつて増本さん宅だった場所はその家の息子さんの一人がお住まいのようです。いろいろあったみたいですからね。それは追ってお話したい。


 辻田さん宅は、祖父母とその息子と嫁、そしてその息子夫婦の子が3人。皆、男の子。一番上が私より1歳下で、あと順に2歳ずつ離れていました。その子たちともよく遊びましたね。

 懐かしいなぁ。

 この頃はまだ祖父母、つまり母親の親族が隣に、まあ、その家の裏口を出てすぐのところにありましたからね、そちらにもよく伺っていましたよ。

 そちらのおじいさんは当時、近所の善明寺の住職をされていました。お若い頃は旧制第六高等学校の事務員や岡山市内の税務署の職員などもされていたと伺っています。半田山のふもとから歩いて数十分のところ、歩いて通勤されていたと伺っています。それに加えて、裁縫など家事もお得意であったそうです。

 おばあさんはとにかく優しい方で、いささか小柄な方でした。

 辻田の家のおじいさんとおばあさんの間には隣に住む一番上の娘である増本夫人と、その下でその家を継いでいる息子さん、その下にも確か、妹になる方がいらっしゃいました。その妹さんのほうも、何度かお会いした覚えがあります。


 先ほど述べた妹さんは別として、御隣に住むご家族は、その日かその翌日の早い段階で御紹介いただきました。最初の敬意は、もう、すっかり忘れてしまっていますけど、なんせ45年くらいも前の話だから仕方ないでしょう。


 そうだ、ひとつ思い出した。この夏の思い出。

 あの頃、某園のあった近くの運動公園周辺の路上で、たこ焼きや冷やしあめの屋台が出ていたことがあったのよ。冷やしあめ、飲んでみたいと思っていたと言ったら、そのおばあさんが、作ってくれたのよ。なんか無茶苦茶コクがあって、全部飲み切れなかったような覚えがあります。

 その年の夏は、裏というか本家というか、そちらの同世代の子らと遊んだ覚え、まったくないのよ。

 あるとしたら、その冬くらいからかな。

 確か一番上の子とはその冬にはなにか一緒に遊んだ覚えがないわけじゃない。気付いたら、徐々に成長してきたその下の子らとも遊ぶことが多くなったかな。

 私が小学3年で、隣のこの一番上が2年生。あとの子らは小学校にも入っていなかったから、生活リズムの違いとか、そういうのもあったと思うね。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 ここでいったん、休憩。

「親族が隣同士で住んでいるって。そんなことは何も日本だけでもなくてどの国でもあることでしょうけど。スープの冷めない距離って言葉通りの構図じゃないの」

 メルさんの言葉に、作家氏が反応する。

「まあね。ここの物理的な家の中に住んでいる人の構成は、確かに核家族ではあったけど、実質的にはその裏の家の人たちも含めて一族郎党というか、そんな印象も受けるよね。こういうのは、いいときはいい。親族同士の関係がうまく行っているときは、いいのよ、本当にね。その恩恵の御裾分けも随分いただけたから、実にありがたかった。だけど、ひとたび何かあったら、そのあかつきには、なまじ他人同士でないだけに性質が悪いというか、かなわんことにもなるよ」


 作家氏は、冷蔵庫の中からビールを取り出した。

「メル姉、わし、ちょっと一杯ひっかけるで。チェイサーは水とそのへんの珈琲かなんかで。ほな、申し訳ないけど、乾杯や」

「ええけど、体、気いつけなあかんで、ホンマ」

 そうは言いつつも、強くとめたりはしない。彼が酒を飲んで荒れることがないのは確かなことだから。


「でも、その御家庭の中に入り込んでいって、よく溶け込めたものね」

「そう言われてみれば、それもそうか。でもな、わしが入れられたのは隣ではなくて既に年長の兄弟がいる家のほうだったから良かったと思う。同世代だと、いろいろ厄介なことになってもいけないからね。今ふと思ったけど、こちらの母親、つまりおじいさんとおばあさんの娘である姉の方の家にいることで、養護施設の中でいつも住んでいる部屋と同じような感じになってしまうのを避けられたというメリットがあったのではないかな。とはいえ、隣に同世代の子、それも男の子ばっかりいるというのは、むしろ良かったかもしれないよ。お互い遊び相手も出来て刺激ができるからね。年がいっての同世代って難しくなると昔ある先輩に言われたことがあるけど、ここはまだ小学生かそこらだからね、それは周りが見ておけば問題はないよ。何かあったとしても、対処はできように」


 そこまで話した作家氏、早くもビール1缶を飲み干した。

「ほな、もう一本」

「待ちなさいよ。もう少しちゃんと話してからにしなはれ」

「ほな、そうするわ」

 年長の青い目の女性にたしなめられた作家氏、チェイサーの水を少し飲んで動画撮影を再開することにした。

「じゃあ、せーくん、よろしく」


・・・ ・・・ ・・・・・・・

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