そして今、総括へ
第37話 メルさんの思い 3
ずっと聞いていて思ったのは、あなたにとって増本さんのお宅というのは、殺伐とした環境で過ごすことを強いられたあの頃、砂漠の中に突如見つかったオアシスのような場所になっていたってこと。
砂漠というのが養護施設某園なら、オアシスが増本さん宅。
それはあなたの人生にとって、必要不可欠な「場所」でした。
それなくしては、間違いなく今のあなたは存在し得ない。
そう、私は断言できます。
魚を釣って食べさせるだけではなく、魚の釣り方を教えたほうがよい。
こんな例えをする人がいますよね。
一見違うようだけど、この話も、真意は同じところじゃないかしら。
人から何かをしてもらうばかりではなく、人にしてあげることを覚えないといけないと、増本さんのお母さんに言われたことがありましたね。
彼女のその言葉の真意と、せーくん、あなたが目指してきたものとの間には、間違いなく断絶があります。それはもう、金輪際埋まることなどないでしょう。
でも、それで、いいのです。
彼女が当時意図していたものとは違う形になっているけど、あなたは、大きな意味で彼女の言った言葉を今、実現しているのよ。
人にしてもらうことではなく、人にしてあげること。
それは、単に何か目先のことをしてあげるという小手先の対応なんかじゃない。
目の前の人を本質的に、根本からあるべき道筋を歩いていけるようにするための羅針盤を作ること。そして、その精度を高めるべく、日々改良を重ね続ける。
あなたは作家として、それを示すべく、日々文章を書いておられます。
表現形態が小説であれ詩であれエッセイであれ、あなたの書くものはどれも、その一点を目的とされているのです。
他の誰が気付かなくても、私だけは、そこに気づいています。
これだけは、言わせておいてね。
ひょっと今のあなたは、増本のお母さんに向って、してあげるとは何だ、あんたは何様のつもりだと毒づかれるかもしれない。
というか、いつかそんなこと言っていたでしょ。それもわからないことはない。
あなたをずっと見ていて、人に何かしてくれなどと言うことはゼロではないかもしれないけど、ほとんどないわね。
それは無論、自分で何なり、自分一人で無理なら他者に依頼して協力関係を気付いてでもその目的を実現していく力がついているからです。
また、そんなことを求めるような人間を、あなたは一切と言っていいほど排除しているわね。結婚せず、家庭というものをほぼ全否定するかのような生き方をされているのはまさに、その理念を具現化していると言ってもよいでしょう。
あなたを今も強力に動かしているその力、実は、あなたが中学生になった頃にはほぼその基礎ができていたのです。
これは私のこじつけかもしれないけど、あなたが今のように生きていける力をつけたことを感じた増本のお母さんが、あなたのもう一歩を、形を変えてそっと後押ししたのではないかしら。目先の誰かに何かを恩着せがましくしてあげろと言わんばかりの言い方だったことは確かに先方の問題点だったかもしれないけど、長い目であなたを見ていたら、私には、そのように思えてきたのよ。
あなたは、増本のお母さんに対してかなりきついことを言われています。
その内容の是非を、私は問いません。良し悪しの価値判断も述べません。そこでそういう話ばかりをへらへらするのは低能だとあなたはおっしゃるが、さすがに私はあなたのその低能という決めつけには、賛同はしかねますけど。
しかしながら、これだけの批判を増本のお母さんに対してできるということは、あなたが自らの足で稼いできた情報を活かして力をつけてきた成果ということだけではありません。その土台には。6歳から18歳までの間にわたって、人の家のご飯を食べて、その温かさも冷たさもその背後にある何か、人間の美醜両面をきちんと見極める力をつけてきた、その努力の賜物ってことです。
逆に言うとね、あなたがもし増本さんって家の人にかわいがってもらってお世話になりました程度のことしか言えない人間であれば、そんな人間はたかが知れていると言ってもいいわね。
田中角栄さんは、人の批判は人の中でもまれて努力をしたその上で、人の批判は30歳を過ぎてからにしろと、おっしゃったそうです。
だけどこれ、裏を返してみたらこういうことにならないかしら?
30歳を過ぎて人の批判、もちろん誹謗中傷の域を出ないものは論外だけど、正当な批判も出来ないような人間は使い物にならないってこと。
もちろん、その人の人間としての価値は問いません。
別にそれは、あなたがそういう言葉をやたらに述べる人たちに概して批判の雨あられを浴びせているからそれを避けるためなんてことじゃないからね。
前にも少し述べられたけど、増本のお母さんは、あなたにとって必要な母性というものをただ単に与えてくれただけではなく、既に与えられていたその母性というもののメンテナンスをしてくださった。
あなたの人生にとって、彼女はそのために神から遣わされた人だったの。
もちろん、彼女にもあなたが指摘されるような様々な問題点はあった。彼女の言う通りの人生を送ったら、どうだったでしょうね。
あなたは親離れを阻害された挙句に親殺しのような方向、それは得てして自己破壊となり得る方向に向かったかもしれない。だけど、それはなかった。
あなたがかねておっしゃっている「依存心のなすり合い」のような状況にならずに済んだのは、実は、幼少期にあなたの御両親が離婚して完全に決別してしまっていたからかもしれない。そこから、まずは親族、そしてその周辺の大人や子ども、さらには自ら出会う様々な人たちの間を渡っていける、言うなら「政治力」の基礎を自ら磨き切っていた。
幸か不幸か、それは、養護施設の職員さんの手に負えない程の力だった。
そんな力をもったあなたをマイナス方向にではなくプラス方向に向けさせて活かしていくためには、何が必要だったのか。
そのためにこそ、増本さん宅という「カテイのクサビ」こそが、あなたにとって必要不可欠なものだったのです。
以上が、あなたが増本さんというご家族の皆さんと出会って触れ合ってきて得た話の一部始終をお聞きしたうえで、私メルジーヌからの「総括」です。
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