補遺:ラテン系は好かん

第40話 補遺;ラテン系は好かん

 本エピソードは、増本さん宅の親父さんに関わる部分です。

 現在自己出版に向けて校正中ですが、このエピソードは欠かせないと判断できましたので、完結後ではありますが、ここに掲載させていただきます。


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 もう一つ、この親父さんの思考背景を語る上で欠かせない話を思い出した。

 これは高校生の頃だな。世界史を選択している私の前で、ヨーロッパの人らの話になった。この親父さんはなんせ物静かな方ですからね、どこかと言うとゲルマン系の人らの言動との親和性が高いことを述べられた。

 その過程で、ラテン系は好かんと明言された。

 フランスはそうでもないが、イタリアやスペイン・ポルトガル、さらにはそこから派生した南米あたりの文化には相いれないものがあることをおっしゃったね。

 時間厳守というわけではなく、やたら人がべたべたするのを嫌われていた。

 その一方でゲルマン系とは言え英米のアングロ・サクソンの連中は狡(こす)からいとも付け加えられたが、ある意味大したものだと思われていたね。

 ロシアあたりのスラブ系については話を聞いていないが、なんせ満州にも行かれていたくらいだからあまりいい印象は持たれていないだろうね。何か話されていたかもしれないが、それはまったく記憶から飛んでしまっている。そもそもなかったか。

 ともあれ、この親父さんの「ラテン系は好かん」という言葉は、今も印象に残っているよ。ものすごくマジで、目が笑っていなかったからね。

 ぼくはそこまで嫌いではないけど、あの方なら、あのくらい嫌われるわなと思うに余りありました。


 もっともこれはラテン系云々というより、御自身の妻である母親とその子どもさんらで構成されたその家の雰囲気の中に溶け込んでいるように思えなかったその理由が、その言葉で身に染みるほどわかったね。

 嗚呼、結婚して子育てともなれば、こういう雰囲気にならざるを得ないところがあるのか、ならば、独身をとおすか。さもなければ、この親父さんみたいにその家の中のムードというか雰囲気に流されない確固たるものを持たないといけないと、私はあのとき痛感したね。目の前にラテン系の血を引く方がいらして言うのも難だけど、このことは語っておかないといけない。

 実際、あの家がきちんと機能していたのは、母親のあの賑やか強い、まさに賑やかさをどこか強いるような雰囲気を抑えるだけの力を持ったこの親父さんがいた故だったのだなと、今も思っている。


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 作家氏の弁からは、朝のうちのいささかヒートしたような雰囲気はすっかり消えている。多少の罵倒じみた言葉こそ入るが、それとてこの穏やかな雰囲気をぶち壊すほどのものではない。例えて言うなら、刺身や寿司のワサビ程度のものへと落ち着きを見せている。

 動画を止めたメルさんが、作家氏に尋ねた。

「いささか脱線気味だけど、ようやくお父さんを話すところまで来たね。ラテン系は好きになれないってことだけど、ラテン系だからってみんながみんなああいう者ってわけでもないわよ。私は確かにフランス系のアメリカ人ですが、イタリアやスペインの雰囲気は、いささか好きになれないもの」

「さよか。それはわかるよ。ゲルマン系のドイツ人でもラテン系の文化の明るさや人となりと親和性のある人は少なからずいるだろうし、そこはまあ、個体差の話で、やり出すとキリがないと言えばないわな。日本人だからってまあまあ、なあなあの言動ばかりする人間ばかりじゃないのと一緒や。ところで、あの親父さんの外面、仕事の場面や他者との交流の場における姿については、私はまったくと言っていいほど見ていない。だけど、家庭人としてのあの親父さんを見ていれば、外での姿も今なら容易に想像がつく」

「でしょうね。あなたは一見元気で賑やかな人に見えるし、そんな姿をあちこちでよく見せておられますが、よく見ていると、物静かに何かされている雰囲気が見えてくるの。せーくんが文章を書いているところも拝見したけど、集中力と目の鋭さも感じると同時に、静かに物思いにふけっているときの雰囲気はやっぱり隠し切っていない気がする。意図してかどうかはわからないけど。おそらくあなたは、そのお父さんのラテン系の人たちに対する思いに近いものを持っているなってことも、容易に想像つくわね」

 作家氏、メルさんの弁に何かを感じた様子である。

「まあ、確かにそれはある。ラテン系の文化は嫌いではないが、どうも馴染みたいという気が起こらない。だから日本の鉄道趣味人になったと言えるかもしれん。そのあたりも、明らかに増本の親父さんの影響や。私自身は母親に似ているとかねて言われておりまして、父に言わせれば、その母の父にあたる母方の祖父の雰囲気や顔つきに似ているらしい。祖父がちょうど、増本の親父さんにいささか近い雰囲気のある人だったみたいだ。もっとも物心ついて後、そちらの祖父には出会えないまま、高1の年の冬に亡くなっている。命日が1月4日です。あれれ。そういえば、辻田のおじいさんもなくなったのが1月2日だ。その2年と2日後の1986年のその日に、私の母方の祖父は亡くなっているのよ。何だか、奇妙な因縁めいた話だな。いまさらながら」


 少し間を置いて、作家氏は目の前の水を飲み、マウスを動かした。

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カテイのクサビ~或作家の回想 与方藤士朗 @tohshiroy

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