第8話久々のトキメキ

俺は54歳で、初めてキスを経験した。

54年間、思い描いていたキスは、同年代の女性と、ごく普通の恋愛をし、ごく普通の場所で、ごく普通のシチュエーションで、俺がリードしてするものだった。


・・・が・・・


現実は、かなり違った。


「どしたの、和男ちゃん。目が腫れてるよ。」


店長が俺の顔をマジマジと見る。


「いえ別に。昼間映画を見て感動して泣いただけです。」


俺は泣きたいのを必死でこらえて答えた。


「なら良いけど。」


今日も客の来ない店で、俺と店長は語り合う。


「だいぶ慣れてきた感じだなぁ。女と男、体が変わることに。感情もコントロールできてるみたいだし、今も、どっからどう見ても20歳くらいの女の子にしか見えないよ。

54歳のオッサンなんて、誰も思わないよ。」


そっすか。


「あざっす。」


♫ティタンタンティタンタンティタンタタン♫


「いらっしゃいませ。」


サラリーマン風の中年の男が店内を見回す。

俺はとくに気に止めていなかった。

缶コーヒーを1本手に取り、その男はレジに出す。


「ありがとうございます。160円です。」


俺は160円を受け取る。


「レシートは。」

「結構です。」


男は胸ポケットから何かを取り出し、おれの前に出した。


「私、こういう者ですが、後日、お話をさせて頂きたいのですが、ご連絡を教えて頂けませんか?」


ん?

俺と店長は、男が差し出した物を見る。


「なんの名刺ですか?株式会社KFC・・・?」


店長が読み上げる。


「ケンタッキーフライドチキン?」


俺も尋ねる。

男は笑いながら言った。


「ケンタッキーの引き抜きではありません。

芸能事務所です。あなた、芸能界に興味はないですか?」

「げ、芸能界!?」


店長はびっくりして声が裏返る。


「はい。こちらの、お嬢さん、お名前お伺いしてよろしいですか?」

「あ・・・堀田かず・・・いや、新庄えみかです。」

「新庄えみささん、そのままでもいけそうな、素敵な名前だ。ん?でも、芸能界にもすでに居たな・・・まあ、名前は変えればいいや。

実は、彼女の美貌をずっと前から気になっていまして、もし良かったら、うちの事務所に来ていただけたらと思いまして、お声がけさせて頂きました。」


はぁ。

俺は呆気にとられて言葉が出ない。

まさか、54歳で芸能事務所からスカウトされるとは。


「ご安心下さい。決して変な事務所ではありません。きちんと保護者の方にも説明させて頂いて、ご理解頂いたうえで、所属していただければと思っています。」

「保護者と言われても・・・」

「お返事をかすつもりはありませんが、彼女のような美しい女性を他の事務所にとられたくはないので、また、近々、お伺いさせていただきます。お仕事中、失礼いたしました。」


男は、お辞儀をして出ていった。


「和男ちゃん、どうすんだ、スカウトって。」

「どうするって、断りますよ、そんなの!

俺、男ですよ?オッサンですよ?」

「そうだよなぁ。今は、美少女だけど次の満月がきたら、オッサンだもんなぁ。」


店長は腕を組みながらバックヤードに戻って行く。

芸能界なんて、とんでもない!

この俺が!?

女優!?

アイドル!?

ありえない!


◇◇◇◇◇◇


「う〜ん、う〜ん。」


短い期間で色んな事がありすぎたせいか、俺の脳はついにパンクし、39度の熱が出た。

母ちゃんに連絡して薬や食料を持って来てもらいたいが、今は、えみかの体だ。

そんな事をしたら、母ちゃんがおかしくなっちまう。

俺はアパートで1人、濡らしたタオルを頭にのせ、ただ耐えるしかなかった。


こんな時は、とくに独り身の孤独を感じる。



ラインが入る。

金髪長身塩顔イケメンからだ。


「えみかさん、体調不良で、バイト休みって聞きました。大丈夫ですか?終わったら何か届けたいので、住所教えて下さい。」


うう。

迷うが・・・仕方がない。

こういう時は、甘えるしかない。

俺は、住所を教えて、最後に、玄関のドアの前に置いておいて下さい。と付け加えた。


しばらくして、チャイムが鳴った。

来てくれたか・・・

置いといてくれと頼んだので、帰るまで待って取りに行くか。


ピンポーン。


置いといてくれたら大丈夫だ。


ピンポーン

ピンポーン

ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン――――――――――


うるせ―――――――――――――――!!!!


俺はフラフラの足で、ドアを開けた。


「大丈夫ですか?えみかさん。」


ドアの前にいたのは、不良女子高生のうららと、あやだった。


あれ?アイツは?


「サワに頼まれたんですよ。いくら彼女でも女が1人で寝てるのに、男が行く訳にはいかないから、代わりにもってってくれって。」

「ありがとう・・・」

「それにしても、えみかさん・・・」


麗と紋は、俺の全身を見る。


「いくらなんでも、その格好で、ドア開けるの危険すぎますよ。」


俺は自分の格好を見る。

汗で少し透けたTシャツからは、俺のたわわなメロンと、ピンク色のサクランボが透けていた。


「お前、あたしらがつぶらだと思って、その格好で出てきたんだろ。」


紋が睨むが、そんな気は無いし、そんな事考える力も無い。

体がキツイ。

早く帰ってくれ・・・・


「お願い・・・・寝かせて・・・」


俺は意識を失った。


少しして、意識を取り戻すと、俺は布団に寝かされていた。

お勝手から、物音と、いい匂いがする。

俺は、ゆっくりとお勝手のほうを見ると、麗が立っていた。


「麗・・・さん?」

「あ、気付きました?」


麗は、鍋とお椀を持って来る。


「一応、お粥作りました。すぐに食べられないかもしれないけど。紋は、サワのバイトが終わったんで、近況報告に行きました。」


俺は何が起きてるのか、理解できなかったけど、急に現実に戻った。

ここは54歳のオッサンの部屋だぞ!!

見られてはイケナイ物もあるし、何より、どい考えても、女子大学生の部屋じゃない!!

俺は慌てて起きようとするが、体に力が入らない。

 

「大丈夫ですか?急に起きようとしちゃダメですよ。」


麗が体を支えてくれる。

甘い良い香りだ。

そして、大きいとはいえないが柔らかいモノが、俺の腕に当たってる。


ドキドキ


俺の鼓動は早くなった。


「あたしも、もう行きますから、ゆっくり休んでくださいね。」


麗は優しく微笑む。

あれ?

この子、こんなに可愛かったっけ・・・?

俺は久々に感じる胸のドキドキに、戸惑った。



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