第3話新庄えみか誕生

店長から出勤停止命令が出されて2週間。

俺はパソコンとにらめっこをしてる。

どんだけ調べても出てこない。(当然かもしれんが)男が急に女に変わってしまう原因。


「はぁぁ〜」


床に寝転び天井を見つめる。


このままずっと、この体になってしまうのか。

そしたら俺(堀田和男)はどうなってしまうんだ。この世界から消えてしまうのか。俺はいるのに。

母ちゃん、悲しむだろうなぁ・・・・

まてよ。

このままずっと引きこもり生活を続けてたら、給料はどうなるんだ。仕事に行けなきゃ収入が無い。俺、生きて行けないじゃないか。


慌てて店長に電話した。

考えがまとまったら連絡するなんて言ってたけど、もしかして忘れてるんじゃないのか!?あのいい加減店長なら十分ありえる!


「もしもし〜?」

「店長!?堀田です!俺どうなりました!?仕事行ってもいいんですか!?」

「あ?ああ、そうだった・・・うん。まあ、いいよ、来ても。」


やっぱり考えてなかっただろ。なんだよ、来てもいいよって。

俺は、いつもと一緒のチェックのシャツをスラックスにインして部屋を出た。


♫ティタンタンティタンタンティタンタタン♫


「おお、久しぶり、和男ちゃん。」


レジに立つ店長が白々しく声をかけてくる。


久しぶりじゃねえよ!忘れてたくせに!


「いや〜イロイロ考えたんだけど、良い方法が浮かばなくて。そうしてる間に新しいバイトが入っちゃって、なんとか店も成り立ってたから、すっかり忘れてたよ。すまん、すまん、アハハハハ。」


そんな話あるか・・・

俺は10年勤めてるんだぞ。

この店の何もかも知ってるんだぞ。

常連客が何時に来て何を買うか。

ゴミの分別もバッチリなんだぞ。

客に殴られても蹴られても1度も休む事は無かった。

そんな俺を、2週間で忘れただと!?


「そろそろ来るんじゃないかな。新しいバイト。」

「おはようございます。」


バックヤードから声がした。

振り返ると


ヒィィィ―――――――――――――!!!


金髪長身塩顔イケメンが立っていた。

しかも店の制服着て!!!

な、な、なな、どうなってんだ。


俺の一瞬で涙と鼻水でごちゃ混ぜになった顔を見て、店長が説明した。


「ちょうど和男ちゃんが居なくなってすぐに彼がバイトしたいって来てくれたんだよ。

人手が無かったから、こっちは大助かりでさぁ、でまぁ、和男ちゃんの時間に入ってもらってるんだよ。」


居なくなってすぐって、じゃあ、ちっとも俺の事考えてなかったじゃねえか、クソ店長―――!!!



「あの、すみません。」


ヒィッ!

ごめんなさい!


俺は反射的に身を守った。


「俺、桜沢つぶらっていいます。」


はい。


店長は、俺をバックヤードに連れて行く。


「しばらく桜沢君と一緒にやってくれないか。」

「なにを言ってるんですか!ヤツは俺の天敵ですよ?ヤツにどんだけ屈辱的な目にあわされてるか、店長も知ってるでしょう!」

「仕方がないじゃないか、急に辞めてくれとも言えないし、今日からやってく?」


面倒くせぇなという感じで、話を進めていく。


俺は予備の制服に袖を通し、店に出た。

2週間も休んだんだ、これ以上休んだら、給料無くなっちまう。

金髪長身塩顔イケメンと2人きり。

気まずさを避ける為、俺は極力ヤツとは距離を取った。


「ゴミ行って来ます。」

「俺が行って来ます。」


はいっ?


ヤツがさっさと出て行き、ゴミの分別を始めた。


「トイレ掃除行って来ます。」

「俺がやります。」


ヤツがさっさとゴム手袋をはめ、トイレ掃除を始めた。

不良高校生とトイレ掃除。罰にしか見えない。


なんなんだ一体。

調子が狂うな。


10時。

酔っぱらいジジイがやって来た。


「和男は今日もいないのか〜。和男は、いつ戻ってくるんだ〜◯✕△〜」


相変わらず語尾は何言ってるかわからんが、ジジイ、そんなに俺を思ってくれてたのか。


俺は、いつも通りタバコを渡す。


ギュッ


うぇっっ


ジジイが俺の手を握りしめる?


「和男がおらんのは寂しいが、あんた・・・カワイイねぇ〜なんて名前?」


おいおい、やめてくれっ。

見た目は美少女でも、中身は、あんたが会いたくて仕方ない和男だぞ。

やんわりと手を話そうとした時


グイッ


「あいててて。」


金髪長身塩顔イケメンがジジイの手をつかんで引き離した。


「お客さん、そういうの良くないっすよ。」


ジジイはしぶしぶ帰っていった。


こ、怖い。

俺も何かしたら、ああなるのか。何かヘマをしたら、腕をつかまれ、へし折られてしまうのか。

こんな恐怖が、一体いつまで続くんだ。頼む、お願いだから早く辞めてくれ。


金髪長身塩顔イケメンは怖い顔のまま商品を揃える。


「あの・・・」

「は、はいっ!」


金髪長身塩顔イケメンに話しかけられ俺はピンッと背筋を伸ばす。


「名前、なんていうんすか。」

「は、な、名前。」


そうだ、俺の名前は、なんだ、なんて言えばいいんだ。


「え、えと、あの・・・」


金髪長身塩顔イケメンが、早く答えろよと言わんばかりに睨んでいる。どうしたらいいんだ、俺の名前は・・・

店内を見回すと、雑誌のグラビアアイドルの名前が目に止まった。


「新庄えみかです!」

「新庄さん・・・」


誰だかわからない、新庄えみかさん、お名前お借りします!

俺は今日から『新庄えみか』になった。


金髪長身塩顔イケメンが、キラキラした瞳で見てる。なんだなんだ、その顔は。

こうしてよく見ると、この金髪長身塩顔イケメンは、かなりのイケメンだ。

180cmは超えてるだろう長身に小さい顔、一重の大きな目に筋の通った高い鼻。

長い手足。

ちくしょう、なんでこんな性格悪いヤツが、こんなにイケメンで、産まれた時から素直で優しいと村で評判だった俺が、こんなブサイクなんだ。

思えば・・・小さい頃から母ちゃんは

「和男、男はね、優しさと漢気おとこぎが一番なんだよ。和男は顔は人よりちょっとだけ冴えないけど心が優しくて、強さと勇気があれば、み〜んな、和男に惚れちゃうからね。」

そう言って俺を励ましてくれた。

小さかった俺は、それを鵜呑みにした。

小学校1年の初恋だった。

俺は同じクラスの美沙子ちゃんの事が好きになった。

美沙子ちゃんはかわいくて、優しかった。ブサイクでどんくさかった俺に、いつも優しくしてくれた。美沙子ちゃんは、いつも笑顔だった。こんなにいつも笑顔でいてくれるなんて、きっと美沙子ちゃんも俺の事を好きに違いないと思った。

そんなある日、クラスで作文を書く授業があった。俺は美沙子ちゃんへの思いを作文に込めた。

そして全員の作文が教室に貼られた。

俺は、美沙子ちゃんの作文を見つけた。

美沙子ちゃんの作文のタイトルは、

『ブロブフィッシュみたいな和男くん』

―わたしのお父さんは、すいぞく館ではたらいています。

お休みの日は、よくかぞくで、すいぞく館に行きます。わたしは、ブロブフィッシュがすきです。どうしてかというと、かおが、おもしろいからです。

わたしは和男くんと、なかよしです。

和男くんのかおは、ブロブフィッシュににています。わたしは、和男くんのかおを見ると(ブロブフィッシュみたいだな)と思って、いつもわらってしまいます。―


美沙子ちゃんは、俺の事が好きで笑顔でいたんじゃなかった。俺の顔がブロブフィッシュに似てるのが面白くて笑ってただけだった。


グスッ


思い出しただけで泣けてくる。


「新庄さん?どうしたんですか?」

「いえ、別に。昔の事を思いだして・・・」


涙を拭う。

お前に俺の気持ちなんか、わかんないさ。


「桜沢君、そろそろ時間だから帰っていいよ。」


バックヤードから店長が現れた。


金髪長身塩顔イケメンが、俺の顔を見つめる。


「わかりました。お先に失礼します。」


ヤツは俺と店長に会釈をしてバックヤードに入って行った。


しばらくすると駐車場からバイクの音が響く。

チッ高校生のくせにバイクで出勤かよ。どんだけ男前なんだよ。

俺なんかペーパードライバーで車すら持ってないのに。


「桜沢君とはどうだった?意外に真面目なヤツだよ。彼は。」

「・・・俺にはまだわかりません。怖いだけです。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


うう~ん。

これでいっか。


ポチッ


さすがにこの美少女が50過ぎのオッサンの格好してるのは不自然なので、ネットで女物の服を買う事にした。

ブラジャーとパンツも。

ブラジャーのサイズはオトナ用ビデオを何年か見続けたおかげで、見ただけでサイズがわかるようになった。


早速送られてきたブラジャーを付ける。

ほうほう。

こういうものか、意外に窮屈いが、やっぱりサイズはピッタリだった。

初めて着る女物の服を着て(当たり前だが)スーパーに買い物に行く事にした。


途中、高校の前を通る。

ちょうど下校時間と重なり、たくさんの生徒が出てきた。


「おい、あの子、かわいすぎじゃね?」

「かわい―」

「え―、めっちゃカワイイあの人〜」


男女問わず、あちこちから、カワイイカワイイと聞こえてくる。

まさか俺が人から、カワイイなんて言われる日が来るとは思わなかった。しかも女子高生に。

うへへへ

もっと見てくれ。俺を見てくれ。


「ねえ、あんた、コンビニの店員じゃない?

「ん?」


目の前には、不良高校生の女2人がいた。


「え?お姉さん、あの時のお姉さん?めっちゃカワイイじゃん!」

「はあ?あんた何言ってんの?」


不良高校生女の1人がメッチャ睨んでくる。


「あんたさ、圓にチョッカイかけたら、殺すかんね。」

「はい・・・?圓・・・?圓って・・・?」

「あんたと一緒に働いてる桜沢圓だよ。」


ああ、圓・・・たしか、そんな名前だったな、ヤツは。

チョッカイって、なんで俺が。

不良高校生女が、イキナリ俺の髪を掴む。


「い、痛い痛い!」

あややめなって!」


もう1人の女が引き離すが、なんなんだこの女は。頭大丈夫か!?


「ムカつく」


そう言うと舌打ちして去って行く。


「ごめんね。カワイイお姉さん。」


もう1人の不良女が追いかける。

なんなんだ一体。

俺は呆然と立ち尽くした。


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