第10話膨らむ想い

「ほんとに大丈夫なのか?和男ちゃん。芸能界なんて・・・」


休憩室で、俺は店長と話し合う。


「俺も・・・なんか不安になってきました。まさか、あんな無茶な条件でオッケー出されると思わなくって・・・。」


う〜ん・・・と店長は眉をひそめるが・・・


「まあ、だけど、いい転機なんじゃないか?」


へっ?

店長は、あっけらかんと言った。


「今まで、どんなに努力しても、この容姿のせいか、中身は良くても全く報われる事がなかった和男ちゃんが、どんな形であれ、ようやく陽の目を見れるチャンスがきたのかもしれない。これは、今まで一生懸命がんばってきた和男ちゃんへの、神様からのプレゼントかもしれんなぁ。」

「店長。」


たまにはいい事言ってくれるなぁ。


「おはようございます。」

「お!おはよう。桜沢君!」


金髪長身塩顔イケメンの出勤だ。

ん!?

違う!?


「おお!どうしたんだ、その髪、黒くなってるじゃないか!」


金髪イケメンが、ただのイケメンになってる!


黒髪イケメンは少し照れたようだ。


「来年、大学受験なんで・・・」

「そうか、そうか、そうだなぁ。いつまでも遊んでる訳にはいかんからなぁ。

でも自分で気付いたのは偉いぞぉ。

大人になったなぁ!」


店長は嬉しそうに黒髪イケメンの肩を叩く。

黒髪イケメンは、ギロッと俺を睨む。

ビクッ!

俺は何も言ってないぞ。


相変わらず誰も来ない暇な店。

俺は黙ってトイレ掃除に行こうとした。


「交代にしようぜ。それ。」

「え?」


今、なんと?


「これからは交代だ。ゴミも。」

「あ、はい。」

「今日は、お前やれ。明日は俺がやる。」

「あ、はい。」


今日からやってくれる訳じゃないんだ。

にしても・・・

えらい変わりようだ。

これは、えみかのお陰なのか?


えみかは今、大学のテストに専念したいから1ケ月会えないという事にしてある。

その間は、連絡も取れないと。


「圓〜!」


仲間が来た。


「ね~、入り口で、このオッサンが倒れてたよ〜!大丈夫なの〜?」


紋が言うので見ると、巳月みづきが、競馬ジジイを抱えてる。


「競馬ジジイ!ったく、何やってんだよ。

おい!起きろ、ジジイ、おい!」


俺はジジイの顔を軽くペチペチした。


「おっ?おお〜和男〜。俺の馬券◯✕△〜」

「わかった、わかった。」


相変わらず酔っ払って訳のわかんない事言ってやがる。


「おい、気をつけて帰れよ。」

「おう!ありがとな、またな和男〜」


タバコを買うとフラフラ出て行った。


「大丈夫なのか?あのオッサン。」


巳月が心配そうに見る。


「いつもの事だから大丈夫だよ。」


俺はゴミの分別に外に出る。

はぁ~。

今日も多いなぁ。

ガサゴソと、大量のゴミを分別する。


「手伝うよ。」


見ると、うららが立っていた。


「い、いいよ。俺の仕事だから。」

「でも、1人じゃ大変じゃん。」


麗はしゃがんで分別を始めた。


「手が汚れるよ。」


俺は、目を反らして言う。


「大丈夫だよ。これっくらい。」


麗は手際良く分別していく。

そういえば、俺が熱を出した時も彼女は、お粥を作ってくれ、流しも綺麗に片付けてあった。


「家の手伝いとか、するの?」


俺は聞いてみた。


「手伝いっていうか、うちママがいないから、家事は全部あたしがやってる。」


え、お母さん居ないのか。

悪い事を聞いてしまった。


「でも離婚じゃないよ。うちは、あたしが小さい頃に死んじゃった。あたしを生んでスグ死んじゃったから、あたし一人っ子なの。

パパは働かなきゃいけないでしょ?

だから小さい頃から、ずっと家事やってるんだけど、パパ、あたしが高校入ってから、大学行ったり、女の子は結婚する時にお金がかかるからって、長距離トラック運転手に転職したの。

そしたら、夜、帰ってこない日あって、1人じゃ、寂しいし、怖いじゃん?

だから、いっつもサワや、紋と、巳月といるの。」


麗は、手を止めた。


「和男ちゃんから見たら、ウチら悪い子達だよね。でもね、みんなスゴイ優しくて、いいヤツなんだよ。

サワも、不器用で、無愛想で、ケンカも強いから、周りから怖がられるけど、メッチャ空気読むし、顔色みるし、気が利くし、根っから優しくて、ああ見えて、結構マジメなんだよ。」


麗はクスクス笑う。

俺は、そんな麗が可愛くて、愛しさを感じてしまった。


「ああ、なんか、余計な事いっぱい話しちゃったな。

和男ちゃん、なんかパパみたいだったから、親しみ感じちゃって。

ねぇ、和男ちゃん何歳?」


急に現実に戻された。

そうだ、俺は、この子の親くらいの年齢だ。


「54歳。」

「そうなんだぁ〜!パパと一緒だ!」


ガーン!!!

後頭部を鐘で突かれた気分だ。

俺は、なんてバカな事を一瞬でも思ってしまったんだ。

落ち着け、よく考えろ。捕まりたいのか俺は。


「イタッ!」


麗が右手の人差し指から血を出している。

缶の飲み口で切ったみたいだ。


「洗わないと!」


俺は急いで麗の手を取り、外の流しに連れて行く。

蛇口をひねり、麗の指を洗い流す。


「中に絆創膏があるから、拭いたら貼ってあげるから。」


ふと横を向くと、麗の顔が近くに・・・


俺は・・・・吸い込まれるように、麗の唇に・・・・


まて!!

捕まるぞ!!

我に反り、パッと離れた。

麗も驚いた顔をしてる。

ア、アウトか!?セーフか!?

俺は!?

触れてないから・・・たぶんセーフだ。

と・・・・思う。

麗は目を丸くして俺を見てる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る