ヤサイを探そう! の3

 勇者トレスと聖女マーティ、そして薬師クレーの三人は、馬車に揺られて、ヘリテイジ王国の農耕地までやってきた。女王プティットの姪にあたる人物が御者を務めている。


 登士郎にとっては人生初の馬車なのだが『転勇』の作中だと三度ほど乗っている――そのうちの一回はヘリテイジ王国編での戦勝記念のパレードであり、つまりは同じ馬車である――ので、冷静沈着な勇者サマらしくポーカーフェイスを保っていた。


 隣り合って座っていたマーティには鼓動の高鳴りが漏れ聞こえていたらしい。降りてからこっそりと「楽しかったですね」と耳打ちされた。


「むむむ。我が輩をのけ者にするとは」


 この仲睦まじい光景に横やりを入れるクレー。腕を組み、口はへの字に曲げている。


「そんなことないですよ! ねっ?」

「ああ。マーティの言うとおり、美味しい野菜が収穫できそうな、いい土地だな」

「それならこそこそ言わなくとも……」

「気にしない気にしない! 女王サマがお待ちですよ!」


 女王の愛馬ジェニュインは馬車を追い抜いて、プティットを先に領地へと送り届けていた。武勇にすぐれたエルフの女王は、戦闘のみならず、畑仕事も率先して行う。作業の際には、先ほどまで着用していた女王としての正装であるシルクのローブは適していない。


「好きなだけ持って行くがよいぞ」


 プティットは作業着に着替えていた。腰までのブロンドヘアーは頭の高い位置で束ねている。


「いいんですか?」

「わらわとそなたの仲であろう。遠慮はいらぬぞ」


 引っかかる言い回しをしてくれる。マーティが「ほわ」と頬を染め、クレーは「おやぁ?」と悪そうな顔をした。トレスは、いや、太一はこの見目麗しいエルフの女王と浅からぬ関係を築いてはいるのだが、現在の登士郎はラーメン二郎のことしか頭にない。エルフよりもヤサイである。


「よし」


 遠慮はいらないとおっしゃるので、鑑定スキルを用いて、ひとつひとつの野菜をチェックする。


 あのマンドラゴラの一件(耳の鼓膜を破壊しそうな悲鳴)により、登士郎は異世界のアイテムに対しての警戒心を強めざるを得なかった。人は失敗をバネにして成長する生き物だといわれている。


 よその世界から召喚されてきて、その世界の神霊への信仰心のない者には使いこなせそうにないウランバナ式の魔法に対して、鑑定スキルはそこまで意識せずとも発動できている。一般の大学生な登士郎にはありがたい話だ。異世界に来て、一目見てその野菜がなんたるかを見分けるのは、よほどの専門家でもなければ難しいだろう。


「マーティは、あっちの区画でタマネギと長ネギを」

「はい!」

「クレーは、そこでニンジンを」

「あいさー!」


 旬の時期の違う野菜が同時に育てられているのは、サクスム家を筆頭とするエルフたちの長年の研究の成果物である。ウランバナは大気中に含まれるマナにより、年中春の陽気に包まれている。このマナの性質をコントロールすることで、さまざまな気候を作り出すことに成功していた。


「あと、プティ。モヤシ……もしくは『しょうゆ』を作るときに使っている豆があれば、一袋ほしい」

「ふむ。トレスの頼みなら、探してこよう」

「各自、麻袋いっぱいに収穫したらここに集合で!」

「「はーい!」」


 それぞれに指示を出してから、登士郎はキャベツ畑のエリアに向かった。キャベツといえども、スーパーマーケットや市場に並んでいるような姿のキャベツではない。キャベツがあのように球体となっているのは、栽培の途中でヒモで縛って丸めているからだ。


 ウランバナのキャベツは、完全に葉が広がってしまっている。見た目では、葉ボタンと勘違いしてしまう。


(人の手が加えられていない、自然のままの美味しさ、ということでひとつ……)


 聖剣プリエールをカマの代わりにして刈り取った。聖剣はこのような使われ方を望んでいないだろうが、トレスが長らく愛用していただけあって手になじむ。


「うん、うんうん」


 試しに内側のほうの葉を一枚ちぎって口に運ぶ。気持ちのいい歯ごたえとみずみずしさのある、新鮮で美味しいキャベツ。そばには誰もいないが、声を出してうなずいた。このままでも十二分に美味しいが、塩とごま油をかけておつまみ風にすれば、箸が止まらなくなりそうだ。


「五玉ぶんぐらい、もらっていこう」


 二郎のスープに使うのはの部分になる。青々としていてしっかり重たいキャベツを選んで、麻袋に入れていった。葉の部分はモヤシとともにゆでられて『ヤサイ』と呼ばれるトッピングとなる。


「トレスよ」


 キャベツをサンタクロースのごとく背負って、自らが指定した集合場所に戻ろうとしていると、向かいからプティットがやってきた。女王の手にも麻袋がある。


「おぬしは何を作ろうとしておるのじゃ?」

「二郎。ウランバナにはないとても美味しい料理だ」

「……それは、タイチ・・・の記憶に関連するものか?」


 勇者の中身は、太一から登士郎へと代わっている。この事実を周知させるべきか、登士郎は逡巡した。マーティからは「ふたりだけの秘密にしておきましょう!」と、アデンジェからの移動中に話されている。


 登士郎は太一がトレスとしてウランバナで生まれ育ち、各地を巡った冒険譚であるところの『転勇』を読んでいるぶん、ある程度は“太一”として振る舞うことはできる。とはいえ、太一そのものではないから、演じることはできてもところどころ不審な点は出てしまう。


「ああ。俺の元の世界では、とっても有名で、食べるためにみんなが列に並んで待つぐらいには人気だよ。魔王ネヒリムを倒す前に、みんなで同じラーメンを食べる。そうすれば、連携感も生まれると思う。同じ釜のメシを食った仲、って言葉があるぐらいだからね」


【次回更新は五月十二日の11時26分を予定しています!】

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