スープを極めよう! 後編

 勇者トレスは、薬師クレーが導くままに王都トーテルの教会に付属している孤児院までやってきた。ふたりが孤児院に入るなり、歓声を上げてクレーを取り囲む子どもたちだが、トレスには寄りつかない。ちらりと見る子どもはいても、クレーが吸い寄せていく。トレスの元には来ない。


「よーしよしよし」


 大広間まで移動して、クレーがご自慢の紫紺のローブからお菓子を取り出すと、子どもたちが一列に並ぶ。ポケットを叩くとお菓子が増えていく仕組みになっているようだ。一個ずつ生成されたお菓子が、一人一人に配られていく。


「キミには、さっき渡したなぁ?」

「もらってないよ!」


 ズボンのポケットが膨らんでいる。受け取ってから、すばやくポケットにしまって、もう一度並び直している様子を登士郎は見ていた。クレーには見えていないだろう。


「一人一個だからね」

「だから、もらってないよ!」

「ふーむ」


 メガネをくいっとあげるクレー。後ろにはまだ受け取っていない子どもたちがそわそわしながらクレーを見つめている。すでに受け取って、ポケットにしまっている子や包み紙を開けている子も、このやりとりを窺っていた。


「そちらのおにいちゃんに聞いてくれ」

「俺?」

「おにいちゃんにも、我が輩と同じ魔法が使えるからのぅ」


 と、クレーは言うが、登士郎には魔法が使えない。トレスとして魔術学園で学んでいた太一になら使える。クレーには、中身が入れ替わっている話はしていない。だから、クレーはトレスを太一だと思い込んで話しているのだろう。


「今、ちょっと不調でさ」

「おんやぁ?」

「魔法がちっとも使えないんだ。これを治すべく二郎を作っているってところもある」


 それらしい理由をつけて話せば、子どもたちから「えー!」「そんなー!」とブーイングが発生した。この孤児院にいる子どもたちは、みんな『魔物に家族を奪われてしまった』子どもたちである。勇者トレスが魔王ネヒリムを倒して、ウランバナに平和がもたらされると信じてやまない者たちだ。


「残念だったな、少年。お菓子倍ゲットチャレンジは失敗だ」


 クレーがみじんも残念そうではない口調で話せば、トレスへの言葉がより強いものへと変わった。登士郎だって、勇者サマとして魔王を倒さねばならないことぐらいわかっていて、その上で、自身の二郎系のラーメン作りを推し進めている。


「……クレー」


 お菓子配りが一段落ついて、大広間から子どもたちがいなくなってから、登士郎は切り出した。クレーは少しばかり、申し訳なさそうな顔をしている。言いたいことは、なんとなく想像つくのだろう。


「我が輩はここで育てられた。さきほどの子らは我が輩の弟であり、妹であるな」

「ああ、知っている」


 クレーの両親は、嵐の夜に、この孤児院の扉の前にクレーを置いて、消えた。魔術学園に入学する前の調査によれば、両親はその後にラルズゲリ村付近の森で魔物に襲われて亡くなっている。


 ラルズゲリ村は人間と魔物のハーフが住んでいる村なのだが、その村の付近は魔王ネヒリムがウランバナの侵略のために送り込んだ魔物たちが跋扈ばっこしており、よほど腕の立つハンターでもなければ近付かないような危険なエリアとして知られている。何故、クレーの両親がそちらに向かったのかは誰も知らない。


「ほんとにぃ?」

「……そりゃ、勇者トレスの旅の仲間だから」

「いーや、みはタイチじゃないよね?」


 ここでぎくりとでもすればバレてしまう。登士郎はマーティと違うので、冷静に対処しようと試みる。


「タイチは勇者として、勇者となるべく成長していた。が、魔王ネヒリムと戦うのが怖くなって逃げた。タイチに逃げられた聖女マーティは、王様からきつーく叱られて、タイチを連れ戻さないといけなくなり、クレイドル洞穴のアデンジェに引きこもったわけだ」


 どこかから見ていたかのようなダイジェストである。太一のフリをしなくてはならない登士郎は「逃げてはいないよ」と苦し紛れに訂正する。登士郎には、二郎を作ってから魔王ネヒリムを倒しに行く計画があるのだ。逃げはしない。


「タイチとは違うキミを召喚してしまったことが王様にバレたら、聖女の資格を取り消されてしまうなぁ」

「それは、……困る」


 マーティ以外の聖女と魔王ネヒリムを倒しに行く未来は想像できない。この世界にラーメンはないのに、ラーメンを理解しようとして、ともに作り上げようとしてくれているマーティのことを、登士郎は読者と作中人物という垣根を取っ払って、好きになってしまっていた。ポンコツでおっちょこちょいなところはあるが、それもまた可愛らしい。


「キミはどうして、この世界のことを知っている?」

「太一だから」

「うそおっしゃい。これ以上隠して、何になるというの?」


 クレーが眉間にしわを寄せる。ああ、と言って「もし我が輩が王様に告げ口するんでないかと心配しているのなら、言わないと神に誓おう」と教会を指さした。


「……俺は、登士郎っていいます」

「ようやくしゃべってくれたか。改めてよろしく、登士郎」

「黙っていてすいません。マーティも、バレるのを恐れていて」

「まあそうよねぇ。聖女の試験も試練もクリアして、ようやく聖女になれて、幼馴染みの勇者サマと大冒険して、ようやく終わりが見えてきたところで、はいダメーってのはねぇ」


 地頭がよいからか理解の早い薬師クレーである。根っからの善人である登士郎は、他人を欺くのには向いていない。協力的なクレーに対してすべてを打ち明けられないのは、やはりつらかった。胸のつっかえが取れた気がする。


「太一でないのならなおさら、どうして登士郎はこの世界のことを知っているの?」

「この世界が『転勇』っていうウェブ小説の世界観にそっくりで、歴史もそのままだからだ。俺は、妹から作品を教えてもらって、読んだ」

「うぇぶしょうせつ」

「本かな。本だね。書籍化もしているから、本って言ったほうが伝わるね」


 ありのままを包み隠さず伝える。クレーは「ほほう」とアゴに指を押し当てた。


「その『転勇』という本の作者って、誰?」

「誰、って……俺にはわからない……」

「そうかぁ。まあ、本の作者がどんな人かなんて、よっぽどのファンでないとわからないか」

「3ヶ月前に更新が止まっていて、タイチが逃げたっていう時期とかぶるな、というのは気になっている」

「……ほう? 更新?」

「ウェブ小説っていうのは、うーん。なんていうか、みんなが見れるところにお話を書いていくみたいな」


 パソコンのない世界でインターネットの話をしても、上手く伝わらない。ニュアンスは通じたようで、クレーはわかったわかったとうなずいてくれた。


「その『転勇』の作者が、タイチだったら面白いなと思ったが、トーシローには確認しようがないものな。この話はこのぐらいにしておこう」

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