えどもんど

スープを極めよう! 前編

「美味しそうな豚肉です! このまま焼いて食べてもいいのでは?」


 エルからの贈り物としてマーティの家の外に届けられた豚肉を見てのマーティの感想である。まるまる一体が送られてくるのではなく、解体された状態で木箱に収納されていた。よっこらしょと木箱を家の中に運び込んで、封を開ける。ただの大学生の登士郎に肉を捌く技術はない。もし生きているブタであったなら、殺すのにためらいが生じていたかもしれないので、エルの優しさとしてありがたく受け取っておく。


「そうだね。レバーは二郎に使わないから炒め物にして、腸はソーセージにしようかな。ホルモン焼きとしても美味しい」


 この豚肉のきめ細やかさは、ブランド豚たちにも引けを取らない。産地直送の鮮度の違いもある。


 実在するブランド豚だと、たとえばスペインのイベリコ豚の『ベジョータ』であれば、どんぐりを食べて育っている。沖縄の自然で育てられた『あぐー豚』や飼料にきなこを加えた宮崎のブランド豚『きなこ豚』などがある。それらと、スーパーで手に入る安価な豚肉とでは、素人の登士郎の目で見てもさすがに違いがわかる。生育環境が美味しさに差をつけるのだ。


 肉質がよいブタの他の部位がまずいはずがない。


「おおおー!」


 豚骨スープは文字通りブタの骨からだしを取る。豚骨は『煮る』ではなく『炊く』と表現するので、その『炊く』の作業をしていきたい。骨髄からも美味しいエキスが流れ出るため、登士郎はブタの骨を聖剣プリエールを使ってバラバラに砕いていった。聖剣プリエールは包丁よりも使い勝手のいい調理器具となっている。本来であればブタのガラさえあればいいのだが、手に入れた具材は余すことなく使っていきたい。


「わたくしも手伝います!」


 聖杖オラシオンをメイスのように振り下ろした。歴代の聖女が受け継いできた聖杖は、ブタの骨に負けない強度を持っている。砕いた骨たちは寸胴鍋に入れて、水から煮込んでいく。臭み抜きのために長ネギをぱきっと割って鍋に放り込むのも忘れない。


 二郎や二郎系は大きく分けて『乳化スープ』を提供する店と『非乳化スープ』で作っている店がある。どちらも甲乙付けがたい美味しさで「乳化スープの店がいい」人もいれば「非乳化こそ二郎」という人もいる。角材でスープの材料を潰しながら、脂の組織を破壊しつつ混ぜているので、水と脂が分離せず、マヨネーズのように乳化・・の状態となっているのが『乳化スープ』である。


「ふぅ……」


 マーティは額の汗を拭った。聖女は勇者とともに旅のはじまりからともに行動していたものの、体力に差はある。トレスの肉体はまだまだ元気いっぱいだが、マーティには疲れがありありと見て取れた。


「休憩中ですかな?」


 ひょっこりと姿を現したのは薬師クレー。作業が終わったタイミングで現れるあたり、扉の外から見張っていたのではないかと疑いたくなる。


「我が輩、肉体労働には向いておりませんで。ほら、この通り」


 その疑いが伝わってしまったのか、クレーはぐいっと腕まくりをして力こぶを作るようなポーズを取った。作れていない。


「たまたまだよ、おにいちゃん」

「そうか……で、何の用だ?」


 クレーはまくりあげた袖を元に戻しつつ「我が輩もおにいちゃんの『ラーメン二郎』作りを手伝いとうござる」と言い出した。薬師としてここまでに中華麺には必須アイテムな“かんすい”であったり“うま味調味料”といった二郎系ラーメン作りに欠かせないが異世界には存在しないアイテムを作ったりと、クレーの貢献度は非常に高い。


「我が輩とおにいちゃんのふたりきりで出かけとうございます」

「わたくしは!」


 疲れてしおしおになっていたというのに『ふたりきり』の単語に飛び上がるマーティ。慌てて聖杖を握ったため、上下が反対になってしまっている。


「マーティは、スープの様子を見ていてほしいかな」


 火にかけたままでは出かけられない。そもそもマーティの魔法によって火を管理しているため、マーティがこの場から離れれば火は消えてしまう。スープ作りを中断したくない登士郎としては、マーティには留守番を頼みたい。


「でもお……」


 マーティはトレスとクレーを交互に見ている。幼馴染みとして、生まれてから現在までをつかずはなれずの距離感で過ごしてきたトレス。若くして才能に満ちあふれており、信頼できる旅の仲間の一人であるクレー。


「なあに、マーティ殿ぉ。我が輩とおにいちゃんとは兄妹の関係。それ以上には発展しませんよって」


 クレーはそうおっしゃるが、実の兄妹ではない。単にクレーがトレスをたいそう気に入って、年上であるゆえに『おにいちゃん』と呼んでいるだけの話。マーティとしては油断ができない。


「何しに、どこまで行くんです?」


 今は一つ屋根の下で過ごしている幼馴染みが妹と名乗っているだけの女の子と出かけようとしている。マーティはトレスへ幼馴染みに対する以上の感情を持っているため、このような質問を投げかけた。


「ひ、み、つ」


 その感情を知ってか知らずか、クレーはもったいぶった。マーティの白い肌がみるみるうちに紅潮して、口からは「い、言ってくれないとうちのトレスは預けられません!」という言葉が飛び出す。


「うちのトレスって?」

「え! ……え、えっと、トレスは、いま、わたくしのこの家に住んでいるので、そういう意味で『うちの』と! 他意はありません!」


 揚げ足を取ってくる登士郎に、マーティは早口で弁明した。その他意のほうを感じ取っていたクレーはニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「ダイジョーブダイジョーブ。おねえちゃん・・・・・・

「おねえちゃん!?」

「我が輩のおにいちゃんがトレス殿ならば、トレス殿を好いているマーティ殿は将来的に我が輩のおねえちゃんなので?」

「わたくしが、トレスをぉ!?」

「えぇー? 違うのでござるかー?」


 原作小説とコミカライズ版を読んでからこちらの世界に来ている登士郎は、マーティが内に秘める想いを知らないわけではない。マーティ視点のパートもあった。マーティが他のヒロインたちにトレスへの想いを相談するシーンや、逆に他のヒロインからトレスへの気持ちを吐露されるシーンもある。


 転生してきて、勇者トレスと同一存在になった登士郎ではあるが、マーティからの想いを受け取ってしまっていいのかに答えを出せていない。難しい問題だった。エルの場合とも違う。エルはタイチに惚れていたのだから、登士郎にははっきりとノーが言えた。アロンドラの場合は“勇者”という役目を持っている人間であれば誰であってもいい。


 タイチでも、トーシローでもなく、マーティはこの肉体の本来の持ち主であるトレスを愛しているのだ。


「わたくしは、わたくしは、その!」

「まあ、すぐに帰ってくるから、心配ご無用ですぜ」

「……む、むう」

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