夢を語れ
店を建てよう! 前編
勇者トレスこと登士郎はラルズゲリ村に向かっている。火の精霊に仕える巫女、ウサギの耳を持つ魔物とのハーフ、獣人カンパーニャ・ヴィアに協力を求めるため、である。
理由はコンロを二口以上にしたいから。
二郎系ラーメンを作るために、スープは火にかけておく。適宜水を足して、煮込んでおかなくてはならない。もう一口なければ、麺をゆでることができない。熱々の寸胴鍋をいったん火からおろして麺をゆでて、といった工程は手間がかかりすぎる。
「頼む!」
「え、えっと……」
王都トーテルの『焼きそば』ブームは、魔物の住むエリアを挟んだラルズゲリ村にも伝わっている。なので、麺類を知らないわけではない。ヘリテイジ王国のエルフたちは乾麺作りに着手しはじめており、ウランバナでは麺類がますます普及しつつある。
「わたくしからも、お願いします!」
「ちょ、ちょっと待つアル」
差別的な扱いを受け、王都に住む土地のない彼らではあるが、魔物は人間よりも精霊に近しい存在であり、魔力は純粋な人間よりも高い。人間は得体の知れない力を恐れるものだ。
人間の使う魔法では対処しきれない事象に関して、傭兵のような形で駆り出されることすらある。表向きには迫害しつつ、使えるところで使っていく。人間と獣人とのこの付かず離れずの関係性は根深く、いつまでもどこまでも平行線をたどっている。
「俺はウランバナで『ラーメン二郎』をやりたい。いや……正確には二郎インスパイアを看板メニューとしたラーメン屋を!」
本来『ラーメン二郎』は本家で修行してから、のれん分けという形で自らの店を持つようになる。最初は助手として、三店舗以上で修行を重ねて、総帥の許可を得て、からでないといけない。モヤシがたくさん乗った極太麺の豚骨醤油ラーメンを出す店がすべて『ラーメン二郎』を名乗れるわけではないのだ。
登士郎は『ラーメン二郎』をこよなく愛する人間、通称ジロリアンである。愛しているからこそ、ろくに修行もせず、総帥からの許可も得ずに、自己判断で『ラーメン二郎』を名乗るわけにはいかない。あくまで登士郎が作っているのは二郎ではなく二郎
「魔王ネヒリムを倒す話は、どうなったノサ」
「それは……ラーメンが完成してからだ」
登士郎は、勇者トレスでもある。聖剣プリエールを持ち、悪を討ち滅ぼす勇者サマ。その勇者サマの本業は魔王を倒すことであり、ラーメン屋の店主になることではない。それは何度も繰り返し聞かされてきていて、原作を読んでいる登士郎自身でさえも魔王ネヒリムは戦わなくてはならない相手として意識している。
「マーティ、アナタがついていながら」
「えへへ……」
「照れるシーンじゃないアル」
「トレスから『ラーメン二郎』の話を聞いていて、こうやって麺作りから手伝ってきて、完成品を口にするのが楽しみで楽しみで仕方ないのです!」
パーニャは肩をすくめる。中身が太一から登士郎に入れ替わったことを知らない者ならば、やはり愕然とするものらしい。登士郎は何度もこのシーンに立ち会ってきて、そのたびに「ラーメン作りが終わったら魔王を倒しに行こう」と心に誓うのだった。
魔王ネヒリムを追い払い、ウランバナの地に平和をもたらすはずの勇者トレスが、あとは魔王の城に乗り込むだけの3ヶ月前に突如音信不通となり、幼馴染みの聖女の祈りが届いて蘇ったかと思えば今度は『ラーメン』を作り始めている。頭がおかしくなったと思われても仕方ない。空気の読める登士郎は、客観視もできる。
「協力は、したいヨ?」
「ありがとうございます!」
「でも」
「でも?」
「……具体的に、ウチは何をすればイイ?」
「火の精霊に頼んで、コンロを増やしてほしい」
パーニャの目が点になった。もっと高度なことを頼まれるとばかり思っていたのだろう。
「それは……トレスでもできるのデハ」
やはり来た。勇者トレスの得意技は、鑑定スキルによる弱点の看破と組み合わせ、その弱点属性の魔法を聖剣プリエールに付与する魔法。火属性の魔法など、あくびをするよりも簡単に使いこなしていた。
「できない。できないから、パーニャの力が必要なんだ」
「おかしいアル! オマエはトレスに化けている魔物アルか!?」
パーニャが裾からお札を取り出す。戦闘態勢である。
「違います! トレスはトレスです!」
「マーティも騙すとは許せないアル!」
「わたくしは騙されておりません!」
パーニャとトレスの間に立ったマーティは、聖杖オラシオンを片手に応戦しようとする。こうなると、正直に事情を話して理解していただくしかない。
「パーニャ、俺は太一じゃなくて、登士郎っていう別の人間なんだ。俺は死ぬ前にどうしても『ラーメン二郎』を食べたくて、ウランバナに転生してきてから二郎っぽいラーメンを作ろうとしている」
「
逆効果であった。パーニャが放ったお札はマーティの足元に着弾し、破裂して、爆風を生み出す。
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