店を建てよう! 後編

「トーシロー、大丈夫ですか?」


 魔王ネヒリムとの戦いに向けての旅を終えた聖女マーティになら、パーニャの『爆裂』のお札を防ぐことができる。バリアによってマーティもトレスも無傷だ。しかし、戦闘らしい戦闘を経験していない登士郎には、恐怖でしかない。一般人として平凡な生活をしていた登士郎だ。バリア越しにでもその爆風を目の当たりにすれば、縮こまってしまう。


「あ、ああ……なんとか……」


 返事はできたが、身体が震えている。直撃していたらと思うと、胃の中身がのどまでせり上がってくるような感覚に陥って、ひざをつく。激しい動悸が収まらない。


「確かに、今のトレスはトーシローですし、わたくしたちの知るトレスとは違います! ですが!」

「ニセモノだと認めるノネ」

「勇者として、魔王と戦う覚悟はできています! ね?」


 ね? とマーティに見つめられて、登士郎は首を縦へは振れなかった。ウランバナ全土で恐れられている魔王ネヒリムの力は、パーニャの比ではないだろう。今回はマーティが受け止めてくれたが、次はどうなるかわからない。


 魔王の放つ技が直撃して、また・・死んでしまうかもしれない。


「トーシロー……?」


 登士郎は一点を見つめて、答えてくれない。パーニャの『爆裂』であぶられた・・・・・地面を見ている。


「あぶり」

「?」

「そうだ、あぶり・・・だ!」


 死は、怖くない。なんせ、こちらに転生してすぐに元の世界に戻ろうとして命を絶とうとしたのだ。もう一度死ぬよりも、攻撃を食らって傷つくほうが恐ろしい。


「俺はニセモノだ。君たちにとってのトレス、つまり太一じゃない。でも、それがどうした」


 あぶり。二郎本家にはおそらく――少なくとも登士郎が『ラーメン二郎』の看板を掲げた店を全店巡るなかでは――存在しないメニューだ。


 あぶりとは、トッピングの豚をガスバーナーであぶることである。うま味の塊の脂身を焦がし、香ばしさがプラスされる。ただでさえも美味しい豚が、いっそう美味しくなるのだが、ガスバーナーであぶるという手間が発生するためか、基本的に本家では見られない。限定メニューとして採用されるケースはあるだろうが、恒常入りはしていない。一部の二郎系にはある。


「俺は魔法が使えない! だからこそ、ホンモノへの敬意がある! だから、パクリでも、ニセモノでもなく、インスパイア・・・・・・と呼んでもらおう!」


 ホンモノを目指すだけが正解ではない。ホンモノとはまた異なるアプローチでの美味しさを追求するのが、インスパイアの正しい在り方だ。完成度を高めながらも、独自の個性を見いだしていく。勇者は魔王を倒す者であるが、太一のやり方と登士郎のやり方は違ってもいい。


「ぷっ」


 あっけにとられていたパーニャが噴き出した。登士郎は登士郎ではあるが、見た目はパーニャが一目惚れした勇者トレスのものである。


「アハハハハハハハハ!」


 大きな声で笑い出した。さんざん笑われて、今度はマーティと登士郎がぽかんとした顔をしてしまう。


「タイチも面白い男だったけど、トーシローも負けてなイネ! ぐっどぐっど!」


 笑いすぎで目尻にちょこっとだけ涙を光らせながら「インスパイア、協力すルヨ!」と親指を立ててくれた。火の精霊の巫女カンパーニャ、勇者(インスパイア)トレス一行に参加決定である。


「ありがとうございます! パーニャさんがいれば、百人力です!」

「……で、そのラーメン屋? の店名はナニ? ここから離れなきゃならないのなら、村長に話をつけないといけなクテ」


 店名。


 マーティと登士郎は顔を見合わせた。何も決めていない。二郎系ラーメンの完成が近付き、設備面を考えて二口コンロにし、店を開こう。そこまでしか考えられていない。そして登士郎のこだわりにより『ラーメン二郎』のウランバナ店、は名乗れないので、そうではない名前。


「店名ですか……」

「店名……」


 腕を組んで考え始める。ラーメン屋の店主が腕を組むのは、だらりとしていたり直立不動の体勢よりは見栄えがするからだ。決して威張っているわけでも、偉そうにしているのでもない。消去法で腕組みが選択されている。


「わたくしたちは『ラーメン二郎』で提供されるラーメン、のインスパイア、を作っているのですよね?」

「ああ。豚骨醤油ラーメンに、ヤサイとニンニクと脂身、そして豚が乗ったラーメンだ。食べ応えのある極太麺が、ガツンと胃に来る」

「そのラーメンをお出しするラーメン屋の、お名前」

「決めてナイ?」


 パーニャはふたりのやりとりを見て、なんとなく感じ取ってくれていた。ラーメンを作るのに必死すぎたのがよくない。麺作りから始めたぶん、思い入れがマシマシだ。


「なら『ラーメン登士郎』はどうカナ?」

「トーシロー! いいですね!」


 マーティは飛び上がって喜んでいる。登士郎としては自分の名前を冠されるのは「なんだか……恥ずかしい気はする……」のだが。


「なんで恥ずかしがるノサ」

「そうですよ! ウランバナ初のラーメン屋ですし『ラーメン二郎』と“郎”がかぶっていて、いいじゃないですか!」


 女性陣ふたりに押し切られてしまった。


 クレーもプティットもエルも『ラーメン登士郎』には大賛成である。女性陣全員が一致団結して『ラーメン登士郎』の屋号を掲げることへ賛同した形だ。登士郎としては反対案を提出したかったのだが、ヘリテイジ王国から看板が届いてしまって、逃げられなくなった。


 店はウランバナの王様の後援もあり――王様としても、さっさと勇者サマには魔王討伐に動いてほしいのと、巷でウワサの『ラーメン二郎』を啜りたかったため――王都トーテルの一等地に建てられる。


 国中から腕利きの職人が集められて、魔法の力と組み合わせることで、瞬く間に席数13席の『ラーメン登士郎』が完成した。この13という数字は、ついぞ行けなかった聖地・ラーメン二郎三田本店と同じである。

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