中華麺を手に入れよう! の2

 小麦粉に水を加えつつ練っていき、塩を少々入れて、塊にして、麺棒でのばしていく。この世界に麺棒はないらしく、登士郎が形状を伝えると、マーティは「ならばこちらで」と聖杖オラシオンを水洗いして使用し始めた。


「それ、怒られない?」

「うーん……きっと、神のご加護でおいしくなりますよ!」


 登士郎はカーテンを閉めた。万が一にでものぞき見されていたら、大騒ぎになってしまいそうだ。


「おいしくなーれ、おいしくなーれ」


 のばして、折りたたんで、またのばす。この作業を繰り返すことで、麺にコシが生まれるのだ。


「ふう……」


 額から流れ落ちる汗をぬぐって、マーティが一息つく。その間、登士郎は包丁を探していた。


「この家、包丁は」

「聖杖でのばしたので、聖剣で切るのはどうでしょう?」


 マーティが大真面目な顔をして答えてくれる。聞く前からなんとなく『聖剣を使う』ことを提案されそうだな、と想像した上で聞いたのだが、いざ言われてみると頭が痛くなってきた。


「久しぶりの出番が、魔物相手ではなくてごめんな……」


 しかし小麦の塊をそのままにはできない。登士郎はプリエールに頭を下げて、謝りながらその剣身を布で拭いた。


 小麦の塊をちぎってゆでるとすいとんになるが、今回はすいとんを作っているのではない。


「魔王ネヒリムを無事に倒して平和な世の中になったあかつきには包丁として第二の人生――剣生? を送れそうですね!」


 聖剣は包丁としての剣生を望んでいないだろう。戦いが終わったら、また王家の倉庫で静かに眠るはずだ。聖剣から包丁への転生は望んでいなくとも、聖剣は聖剣なりの意地・・があるらしい。幅は13ミリで、等間隔に切れた。


 麺は手で軽く揉んで、一食分ずつに分ける。あとは、ゆでるだけだ。


「なーんか違うんだよな……」


 見慣れた二郎の麺とは色合いが違う。前回、家二郎を作成した際には、麺は製麺所の通販サイトで購入したものを使用した。


 自家製麺に挑戦するのは今回が初めてだ。自宅で麺を打つのは、手間がかかりすぎる。この世界に麺が存在しないから、小麦から作らざるを得なかった。


「これでも美味しそうですけど」

「美味しいとは思うけれど、これって二郎の麺というよりはうどんの麺なんだよね」


 二郎の麺は“うどん”にたとえられることが多い。うどんのような太さで、ぷりぷりとした歯ごたえがあるからだ。極太の麺でなければ超濃厚スープに負けてしまう。


 うどんと中華麺の分水嶺。登士郎は製麺所から自宅へと届いた二郎系専用中華麺の、パッケージ裏に記載されていた原材料名を上から順に思い出そうとする。いったい、何が足りないのか。


「お困りですかな?」


 少し開けられた扉の向こう側から、女の子の声がする。マーティは「はーい」と明るい声で答えて、扉に近付いていき、開けた。


「話は店主からと、扉の向こうから聞かせてもらったの! このシルトクレーテにお任せあれなの!」


 どん、と左胸を叩くちびっ子。


 彼女は薬師シルトクレーテ・ポルタ。栗色のセミロングに、大きめのメガネ。勇者トレスと聖女マーティより年下だが、魔術学園に飛び級で入学し、学年トップの成績を維持して卒業した神童。魔術学園の主席だけに贈られる紫紺のローブを、いつも身にまとっている。同じ服をずっと着続けているのではなく、在籍中は毎年主席だったので洗い替えがあるのだ。


「マーティ殿ぉ。我が輩に『おにいちゃん』の目覚めを教えないとは、これいかに?」


 クレーはマーティをひじでつついた。薬師は勇者サマを『おにいちゃん』と呼んでいる。クレーから見てトレスが年上なこともあるが、仲間以上の、ホンモノの兄妹のような親しみを込めての『おにいちゃん』呼びだ。


「抜け駆けで・す・か・な?」

「ほぇっ!」

「聖女サマはわかりやすくていいですのぉ」

「ち、違います! いざ魔王ネヒリムの城へ行こう、って話になりましたら、みなさまにお声がけしようと!」

「店主サマが街中の人に『勇者トレスが蘇った』と言いふらしてますから、この作戦は失敗ですの」

「はわぁ……」


 人差し指でくいっと、メガネを押し上げるクレー。対して、がっくりと肩を落とすマーティ。このやりとりをボイス付きで聞いていると、メガネを外せば蓮実に酷似しているクレーが『完全に別人』という認識になった。蓮実とは声質が違う。


「クレー」

「はい、おにいちゃん」


 やはり違う。登士郎は咳払いしてから「薬師サマの知恵を拝借したいのだけど、この世界に『かんすい』はある? もしくは、調合できる?」と問いかける。


 原材料名の最後のほうに『かんすい』の文字があった。


「ほう。かんすい」


 脳内で間違え探しをした結果、中華麺には『かんすい』が含まれているが、うどんやそばには含まれていないのではないか、と気付いた。家庭科の授業でもそのような話があった、気がする。


 だが、その『かんすい』はいったい何でできているのかまでは教わっていない。


「アカシックレコードにアクセスするの。しばし待たれよ」


 クレーはイスの上で座禅を組み、まぶたを閉じた。


 森羅万象の情報が網羅されたアカシックレコードを閲覧して、正しい答えを導き出してくれる。トレスの鑑定スキルもアカシックレコードに接続して情報を取り出しているのだが、クレーの閲覧スキルは名称による検索が可能だ。


 ただし、使用中は無防備となってしまう。

 一日に一回しか使用できないという弱点もある。


「……ふむふむ。これなら、我が輩にはちょちょいのちょいっと作れるの。さらに待たれよ!」


 数分後、クレーはその藍色の瞳をかっぴらいて、飛び出していった。

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