中華麺を手に入れよう! の3

 あとからかんすいを入れたところで、着色料でもあるまいし、うどんが中華麺にはならない。うどんはうどんであるので、うどんとして美味しく味わおう。聖女マーティによって作られた手打ちうどんだ。


「うどんパーティだな」


 クレーが戻ってくる間にゆでて、旅の仲間の再会を祝おう。……他にも旅の仲間はいるのだが、それはまたおいおい。


「これは二郎ではないのですか?」

「うどんだよ」

「うどん……」


 登士郎は大きめの鍋を一度洗ってから、水をたっぷりと注ぐ。包丁は見当たらなかったのに、鍋はすぐに見つかった。年季が入っているのは、おそらくこの鍋も旅の仲間だったのだろう。


「コンロ……に相当するのはこれかな?」


 家主であるマーティに確認する。登士郎の生前にあった現代日本式のガスコンロでもなければ、クッキングヒーターでもなく、カセットコンロでもない。円状に焦げた形跡があるのでおそらくはここが調理場だろうと推測しての問いかけだった。


「何をされるおつもりですか?」

「うどんをゆでたいから、火を使いたいなと」


 勇者トレスは全ての属性の魔法を習得している。もちろん火属性魔法もおてのものだ。聖剣プリエールによる斬撃に、敵の弱点をつけるような属性の魔法を組み合わせるのが、勇者トレスの基本的な戦法である。


 とはいえ、登士郎は転生したばかりで、手ほどきを受けていない。太一が転生したトレス(プロローグで太一の生い立ちが語られ『転勇』の第一話でウランバナに転生してくる)はまだ就学前の状態だった。トレスの成長に伴い、太一はトレスとして魔術学園に入学し、マーティと机を並べて魔法を学習している。


「わかりました。わたくしがお手本を見せますね!」


 マーティは聖杖オラシオンの先端を円の中心部に向けると、ぐっと力を込めて「フォイッ!」としか聞こえない音を口から発した。ぼぼっと火がつく。


「こんな感じです!」


 誇らしげな表情を浮かべているマーティには申し訳ないが、登士郎は原理がイマイチ理解できずに「……う、うん?」と眉間にしわを寄せる。わからないながらも、鍋を火の上に置いた。


「頭の中で、こう、火の精霊に語りかけるんです。火の精霊さん、その力を、少しの間お貸しください、お願いします、ってお祈りすると、貸していただけます」


 ウランバナには魔法に対応する属性の精霊がいる。精霊に祈りを捧げて、その不可思議なパワーを一時的に借りることが、魔法だ。人間の祈りの力が弱いと、精霊は協力してくれない。常に精霊の存在を意識し、良き隣人として敬意を払わなければ、罰を受ける。


 ジブリ映画の『ハウルの動く城』の料理シーンが近い。

 こちらのカルシファーは喋らない。


「そういえば、そんなシステムだった気がしてきたな……」


 トレスの魔術学園編で触れられてはいるが、そういった細かい設定は軽く触れられるだけだ。本編が進んでしまってからは作中世界の常識なので、詳しく掘り下げられることはない。


「さっき杖を麺棒の代わりにしていたけれど、あれはセーフってことで?」


 アウトだとすれば聖剣プリエールを包丁代わりにした件も巻き添えでアウトとなるが、どうしても気になって聞いてしまった。何かあったら聖女のせいにするしかない。


「トーシローは気にしい・・・・さんですか?」

「まあ……石橋は叩いて真ん中を渡りたいタイプ」

「聖女のわたくしが、神に背く行為はしませんよ」

「そうでした。聖女でした」


 これから材料を集めて、いざ二郎を作る段階に差しかかってから、火の精霊の機嫌を損ねるような事態が起これば目も当てられない。スープが作れないなら汁なしに切り替えるが、麺もヤサイもゆでられないのではどうしようもない。火のないところに二郎はたない。


「火の精霊……火の精霊のお力を安定して使いたいのなら、パーニャさんに手伝っていただくのがよいでしょう!」


 獣人カンパーニャ・ヴィア。魔物と人間のハーフたちが共同生活をしているラルズゲリ村の巫女で、ウサギの耳を持つ。勇者トレスに一目惚れし、巫女としての仕事を放棄してでも旅の仲間に加わろうとしたが、トレスの説得によって村に留まることを決めた。


「あの村は火の精霊を祀っているんだっけか」

「そうです! トレスから頼めば、パーニャさん、喜んで助けてくれますって!」


 あのイベントでは、トレスはパーニャの想いを知っていながら、パーニャのために別れを告げなくてはならなかった。勇者は魔王を倒さねばならない。魔王を倒せない勇者に、勇者としての資格はない。――個人間の感情を、勇者という役割を理由として蔑ろにした。


 果たしてマーティの言うように『喜んで』くれるだろうか。


 登士郎の胃が、精神的に痛くなってきた。肉体は屈強なトレスのものである。


 太一が選んだ選択肢は、間違ってはいない。パーニャはラルズゲリ村に必要な存在で、村から出てはいけなかった。魔物のハーフである自身の存在としても『勇者一行に仲間入りして魔王ネヒリムを倒しに行く』という選択肢は、あってはならないものである。


 魔王は魔物たちを統べる王である。だから、勇者はラルズゲリ村で歓迎されてはならない。村人たちは一歩たりとも勇者の入村を許さずに門前払いするべきだった。さすれば、パーニャが傷つくこともなかったのだが。


 パーニャからの告白を『いいえ』で返す。この選択肢が、勇者がお約束通りに魔王を成敗しに行く物語としては間違っていなくとも、その責任は現在の登士郎に重くのしかかってきた。登士郎は二郎のために火属性の魔法だけでも再履修できないものかと、思案する。


「どうしました?」


 マーティがトレスの顔をのぞき込んだ。火にかけられた水は、鍋の中で沸騰して湯となっている。


「パーニャのことは嫌いではないけども、会いに行きづらいな、と思って」

「そうですかね?」

「こっちが断っておいて、ピンチになったら『手伝ってくれ』って、なんだか、いやじゃない? 都合が良すぎるというか」

「……そうですかね? 困ったときは、お互いサマ、でしょう?」


 ぶくぶくとあぶくたったところに三食分のうどん玉を入れていく。うどんとはいっても軽く手でまとめただけなので、湯の中でほどけた。麺の一本一本が自由に泳ぎ始める。


「我が輩も、ラムズゲリ村の再訪は賛成なの」


 左手に乳鉢を持って、クレーが戻ってきた。ビーカーの中身の粉末が、中華麺作りには欠かせない『かんすい』こと炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの混合物である。


「あの村には、人間と魔物との共生へのヒントが隠されているの」


 にやり、と口角を上げるクレー。どうしても行く流れになりそうだが、現在進行形の問題として鍋が噴きこぼれそうになっているので、登士郎は「火、止めたい!」と叫んだ。


「……おやぁ?」


 中身は太一から登士郎に切り替わったが、外見はトレスである。トレスならば一瞬で火を消せるだろうに、と戸惑われてしまう。


「はいっ!」


 マーティがオラシオンを一振りして、火を止めた。次はザルに――


「クレー」

「はい、おにいちゃん」

「頼み事ばかりで申し訳ないけど、クレーの工房に『ザル』があったら持ってきてほしい」


 包丁を探していたときにあちこち開いたので、この家にはザルなどというものがないことはわかっている。そこまで使用頻度の高い調理器具ではないが、必要な時にないのは困ってしまう。


「少々お待ちを!」

「早くしないとのびちゃうから、なるべく急いでいただけると」

「あいあいさー!」


 一度帰らせたのだから、先に伝えておけばよかった。二度手間になってしまったが、クレーは嫌な顔はせず、むしろ嬉しそうに「持ってきましたっ!」とザルを掲げて戻ってくる。なるべく急いでとは言ったが本当に早かった。魔術学園で『千年に一度現れる逸材』と謳われていただけはある。


「ありがとう」

「へへっ」


 持ってきてくれたザルを使ってうどんを水で締める。このときの温度はその人の好みによりけりだ。登士郎はうどんならばもちもちの食感が好きなので、ぬるめの水にする。


「「おおー!」」


 女子二人の歓声を背に受けながら、皿に一人分の量を盛り付けていく。戸棚に『しょうゆ』のようなものはあったので、においをかいで、小指に一滴垂らして味を確かめる。鑑定スキルを使うと『しょうゆ』に類似した液体であると判別できたので、ぐるっと一周ずつかけた。味が足りない場合は追加でかけられるようにテーブルの上にその『しょうゆ』に近しい調味料を置く。


「これが、二郎!」


 マーティが感動しすぎておかしな発言をしている。これは二郎ではない。うどんである。登士郎が目指す『ラーメン二郎のラーメン』と、今ここにある『うどん』では、太麺であることぐらいしか類似点がない。


「うどんだよ」

「……これが二郎ってことにしておきませんか?」


 マーティはもじもじしながら提案してきた。聖女は魔王を倒しに行きたい。勇者は二郎インスパイアラーメンを作りたいので「しません」と拒否した。

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