ヤサイを探そう! の2
「おかえりなさいませぇ」
収穫したマンドラゴラを麻袋に入れて、勇者トレスと聖女マーティは公的な届け出ではマーティの家となっている生活拠点に戻ってきた。ふたつしかないイスがどちらも埋まっている。向かって右側には薬師クレーが座っていて、手をひらひらさせながら挨拶してきた。まるで自分が家主かのような振る舞いに、マーティが頬を膨らませている。
「お邪魔しておりますわ、勇者サマ」
向かって左側のエルフの女性が、イスに座ったまま微笑みかけてくる。女王プティット・サクスム。腰まで伸ばしたブロンドヘアーに、とんがり耳、鼻筋の通った美しい貌のエルフだ。
「女王サマがなぁ、我が輩たちのビジネスに乗ってくれるとのことなの」
「ビジネス?」
なんのこっちゃと登士郎が聞き返す。プティットはにこやかなまま「クレーから聞いたぞよ。巷では流行っておるヤキソバとやらは、おぬしらが作ったのだと」と答えた。
「勇者サマは魔王ネヒリムを倒さねばならぬ。メンを打っている場合ではなかろうて」
「はい! 女王サマのおっしゃる通りです!」
元気よく同意したのはマーティだ。耳栓はマンドラゴラ農家にお返ししている。
収穫体験の感想を聞かれたが、率直に「耳栓はほとんど意味がありませんでした」とは伝えにくいので「楽しかったです」とあいまいに答えた。登士郎は正論だけがコミュニケーションにおいての正解ではないと知っている。聖女は「耳栓のサイズが合っていなかったかもです」と答えていた。
「しかし、現状として中華麺の工房はここしかないのでぇ。ここが製造をやめてしまったら、供給元がなくなっちゃうの! サアたーいへん!」
空前の『焼きそば』ブームにより、需要は高まっている。複数の小売店から「うちにも中華麺を」とラブコールを送られてはいるが、勇者と聖女の二人で製造しているので、一日の生産量に限界があった。片っ端から断っている。
「わらわの王国で、メンを作るのはどうじゃろうか。そのノウハウを、旅の仲間のよしみで教えてもらえんかの?」
サクスム家が支配しているヘリテイジ王国は、ウランバナの友好国として同盟を結んでいる。プティットは女王であるが、同時に将軍でもある。勇者トレスの旅路の途中で、国境のヒュブルク湿原で魔物との大規模な戦闘があった際には、愛馬ジェニュインにまたがり、自ら先陣を切って、友軍を率いて馳せ参じた。戦いの場でそのような勇猛な姿を見せるのだから、友好国の領地を一人で歩き回るなど造作もない。
「製麺所か……」
登士郎はアゴをなでる。このままでは家二郎作りとまでいかずに、この場所が麺工房となってしまう恐れはあった。個人商店の店主からは「開店して一時間もしないうちに売り切れてしまうんだよ」と愚痴をこぼされている。
中華麺を作りたいのではない。ラーメン二郎のような豚骨醤油ラーメンを作りたいのだ。麺は必要だが、麺以外にも必要なものがある。
とはいえ、入手困難だからこそ中華麺の価値が上がっているともいえる。ウワサが広まって『焼きそば』を食べたいと思う人が多ければ多いほど、中華麺を欲しがる人も増える。
ここで女王サマとの交渉に応じて、麺の大量生産が可能になったとしよう。需要に供給が追いついて、多くの人に『焼きそば』が親しまれるようになると、中華麺の価値は相対的に下がることになる。マンドラゴラを中華麺と交換できたのは、中華麺が珍しいからであって、希少性がなくなってしまえば交換できるアイテムの選択肢は狭まってしまう。
魅力的な申し出ではあるが、悩ましい。
「旅の仲間のよしみ、とはいえ、タダで教えてもらおうとは思っておらん」
首を縦に振らない勇者を見て、女王はその長い足を組み替えた。プティットという名に反して、女王はすらりと背が高い。
「クレーから、おぬしらは『ラーメン二郎』とかいう料理を作ろうとしておると聞いたぞよ」
「ああ。今は、スープに必要な野菜を集めています」
登士郎が麻袋を上から叩いてみせた。マンドラゴラは引き抜いた直後に悲鳴を上げるが、外気に慣れてくるとおとなしくなる。新鮮なマンドラゴラは刺激を与えると「ぴょえ」と短い悲鳴を上げると言われており、登士郎に叩かれて「ぴょえ」と音を発した。新鮮な証拠である。
「わらわの国で収穫した野菜を、金貨に添えよう。どうだ?」
「ありがとうございます!」
「待った」
マーティは感謝の言葉を述べ、登士郎はそれを制止した。願ってもない申し出だが、登士郎はマンドラゴラを入手するまでに学んだことがある。
「実物を見せていただいてから考えたい」
ヘタクソなイラストをマーティに見せてしまったのがきっかけではあるにしても、本当にその野菜が登士郎の求めているものかどうか、作ろうとしている『ラーメン二郎』に必要な食材かどうかを見極めなければならない。
たとえばヘリテイジ王国では夏野菜しか採れないかもしれない。トマトもキュウリもトウモロコシも、登士郎が作ろうとしている『ラーメン二郎』には不要である。
「……おぬし、変わったのう」
太一だった頃のトレスなら、マーティのように飛びついていた。中身が変わったのを見抜かれたような気がして、登士郎は「早いところ『ラーメン二郎』を作らないといけないので、失敗したくないんです。早く魔王を倒しに行けってうるさいですし」とマーティの言葉を引用しながら答える。
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