富士丸
うま味調味料を作ろう! 前編
何故、異世界に水着があるのか。水着があるということはすなわち水着を製造している工場があり、化学繊維を生成している場所があるはずだが、そこまで掘り下げのある作品は思い当たらない。明らかに現代が舞台ではないソーシャルゲームですら、夏といえば期間限定の水着ガチャが開催される。
「海ですからね! 水着で海に行かないのは、海に失礼というものです!」
聖女マーティは白いパレオのような水着で、頭には麦わら帽子を被っている。考えるな、感じろ。そのまぶしさで目が痛くなってきた登士郎は視線をそらす。
「その通り!」
そらした先には薬師クレーがいる。今回の材料調達には、クレーが同行することになった。ダイバーかサーファーのような、全身を覆い隠すウェットスーツを着用しており、メガネはゴーグルに切り替えている。
「トレスも水着を着てくればよかったのに!」
「ノリが悪いですぞぉ?」
遊びに来たわけではない。これも『ラーメン二郎』作りのためなのだ。それなのに女性陣ときたら浮かれたものである。
「いや……昆布を取りたいだけだから」
昆布。正確には、昆布からうまみ成分のグルタミン酸を採取したい。
二郎系ラーメンのスープには必須のアイテム、うま味調味料を作らねばならない。塩ではなく、うま味調味料である。異世界には塩やしょうゆはあったが、うま味調味料は販売されていなかった。ないなら作るしかない。
「何度も言うように、我が輩たちには海藻を食べる文化がないでな」
海藻。ワカメをみそ汁の具としたり、モズクやメカブを酢の物にしたりと、身近な食材として日本では取り扱われる。人種によっては消化酵素を持っていないため、食材とされていない地域もある。
この世界は『転生したら勇者だったのでお約束通り魔王を成敗しに行く』こと『転勇』というウェブ小説で描かれているウランバナという異世界だ。作者のイタチレストは日本人だが、ウランバナに日本らしさは皆無である。独自言語は、勇者トレスの鑑定スキルのおかげで日本語として読めている。言葉が違い、食文化も違う。
ウランバナの王都トーテルは内陸に位置し、勇者トレスや聖女マーティの故郷のニムースは山間にある。魚の泳ぐ川はあれども、魚介類は食卓にのぼらない。薬師クレーの出身地、サティプには湖がある。こちらにも魚は生息しているものの、わざわざ捕獲して調理はしない。
魚を愛玩動物の一種として飼う者はいる。愛玩動物として魚を育てている人々は、水槽の底に海藻を植えてレイアウトしていき、小さな水槽内で大きな海を再現して、魚たちが泳いでいる姿を鑑賞するのだ。
逆にいえば、ペットとして愛でられているような生き物を捌いて食べるような野蛮な者はいない。魚は等しく魚である。どのような姿であっても、すべて魚だ。
海沿いに位置しているナオリスクでも変わらない。どれだけひもじかったとしても、魚を口にするなど言語道断だ。食欲に倫理観が勝る。
「「アロンドラさーん!」」
マーティとクレーが海に向かって叫ぶ。ほどなくして「はー、あー、いー!」と声が返ってきた。多くの人々の前で勇者サマとしての立ち振る舞いが求められている登士郎だが、まだコミカライズされていない箇所であり、小説版ではその身体のサイズ感までは詳しく描写されていないその声の主の、見上げるほどの大きさに度肝を抜かれて尻餅をつく。
「わっ!」
マーティに手を貸してもらって立ち上がった。クレーからは「おんやぁ?」と疑いの目を向けられるが、咳払いをしてごまかす。みっともない姿を見せてしまってはバレてしまう。
「お久しぶりです、アロンドラさん」
勇者トレスの仲間であり、海の向こう側から泳いできたことから、キャラクター名は把握している。人魚アロンドラ・コリス。上半身は妙齢の女性、下半身が魚である。
「みなさーん、お元気そうで何よりでーすー」
海のことは、海に住む魔族に聞くのが早い。勇者トレスが旅の途中で立ち寄った際には、竜宮城へと招待された。もてなされて一晩泊まり、手土産を受け取って陸地に戻ってきている。
「もう魔王は倒されましたー?」
海にはウワサが届いていないらしい。この巨大な人魚にとっての勇者トレスはタイチということになる。
アロンドラは大きな手をパチンと合わせて「戦勝記念パーティーを開かねばですねー?」と朗らかに言った。まだ魔王ネヒリムとの戦いの場には行けない。登士郎は二郎系ラーメンを作らねばならないのだ。
「ウランバナの海中で育つ草花を見せてもらいたいんだ」
登士郎は単刀直入に用件を伝えた。見せてもらえさえすれば、勇者トレスの鑑定スキルで昆布を探すことは容易い。
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