ブタを捕まえよう! の2
二郎系ラーメンの特徴の一つである厚切りのチャーシューは、その美味しさに敬意を表して“豚”と呼ばれている。
券売機にある小ラーメンがその店の通常バージョンとするならば、小豚は小ラーメンに豚が増やされた一品である。二郎系のラーメン屋ではない一般的なラーメン屋でいうところのチャーシュー麺を想像していただきたい。
デフォルトの小ラーメンでも豚が塊で乗っている。麺の量を減らしても、豚は小さくならないのが嬉しいところだ。
豚となる部位は店によってまちまちだが、主にカタ(ウデ)やバラで作られている。カタ(ウデ)は赤身が多くしっかりとした味。バラは脂と赤身の層ができている。塊を厚めに切る店が大多数だが、巻き豚の店もあり、店主の個性やこだわりが垣間見える。
「いたいた、いました! おーい!」
聖女マーティが杖を振ると、遠くに見える人影がこちらを向いた。一歩先は魔族のテリトリーとなるウランバナの西部地域。一触即発の危険エリアに佇む彼女の名前はエルミターノ・フルーメン。魔王ネヒリムの手下という身分を隠し、腕の立つタンク役として勇者トレスの旅に随行していた。メンバーからはエルと呼ばれている。
ここウランバナでの勇者の冒険譚を描いている『転勇』のキャラクター人気投票では、主人公のトレスや正ヒロインのマーティをさしおいて一位を獲得していた。桃色の髪の美少女。背中の小さな羽根をパタパタと動かし、浮かんでトレスとマーティの近くまでやってきた。そして、普段はくるりと巻いている尻尾が、ぴーんとまっすぐになる。
「……ほんっとーに起きていたのね?」
突如深い眠りに落ちてしまった勇者が目覚めたという吉報は、ウランバナの住民で知らない者はいない。その勇者が『ラーメン二郎』なる料理を作ろうとしている、というウワサも、同じく千里を走っている。辺境に住まいを構えるエルの耳にも届いているようだ。
「もっと早く来なさいよ! あたしだって、心配してたんだからねっ! このバカっ!」
つーんと、そっぽを向かれてしまった。エルにとってみれば魔王ネヒリムを裏切って、勇者に味方すると決心した矢先の出来事だ。エルの決意が固いのを知らずに、魔族という身の上から「味方になったフリをして勇者のパーティーを瓦解させるのが目的ではないか」と不審に思っている住民は少なくない。辺鄙な場所に仮暮らしの住宅を与えられたのも、人間が魔族を信じ切れないからだ。
「トレスも忙しかったのです。わたくしに免じて許してやってください!」
マーティは頭を下げる。決してマーティが悪いわけではない。登士郎も右に倣って頭を下げておく。エルの立場を鑑みれば、早急に二郎を作り上げて魔王ネヒリムを倒し、ウランバナに恒久の平和をもたらさねばなるまい。
エルはしぶしぶといった様子で「生き返ったんならいいケド」とつぶやいて、耳を掻いた。ラバースーツのようなぴっちりとした服装をしているが、桁違いの防御力を誇っている。勇者たちの危機を幾度となく救ってきた。
「あたしに会いに来たってことは、
「はわっ!」
マーティの頬が赤く染まり、エルとトレスを交互に見やる。あのときはどのときだろうかと、登士郎は小説版の記述を思い出そうとした。マンガ版では該当のシーンまでコミカライズされていないはずだ。
「何よ。覚えてないの?」
「い、いや、その」
褐色の肌に埋め込まれたエメラルドの瞳が、至近距離に寄ってきた。登士郎はマーティに救いを求め、視線を向ける。マーティは一度深呼吸してから「実はこのトレスは、タイチではないのです」と真実を述べた。
「はあ?」
「その、わたくしが至らないばかりに、タイチを連れ戻せず、トレスの肉体にトーシローという違う人の魂を呼んでしまってですね、はい」
エルはトレスより身長が高い。ブーツを履いているのもあるが、マーティは頭ひとつぶん上の位置から見下ろされて、しどろもどろになりながら答えた。
「はっはーん。なるほどねっ。タイチが料理なんて、するわけないものね。……それに、あたしを放っておかないもの」
今の説明で納得してくれたようだ。旅の間はマーティが炊事を担当していたらしいので、太一が料理を作ることはなく、イメージにも合わなかったのだろう。
「新しい勇者サマなあんた、名前はなんて言うの?」
「登士郎といいます」
「トーシローね。あたしはエル。エルミターノ・フルーメンよっ!」
差し出された手を握り返す。魔族の手はひんやりと冷たい。
「俺がエルに会いにきたのは、ブタが欲しいからだ」
勇者トレスの旅の仲間に挨拶しに来たわけではない。一通りやりとりが終わったとみて、本題に入るとする。
「……それは、あたしがブタの魔族だから?」
一瞬にして空気が凍りついた。マーティはぶるりとその小さな身体を震わせる。登士郎とエルが会うのは大賛成のマーティだったが、その目的までは詳しく聞いていない。エルならば魔王ネヒリムを倒しに行くよう、マーティとともに呼びかけてくれるとばかり思っていたのだが、話が思わぬ方向に転がってしまった。
エルは登士郎をにらんでいて、登士郎はエルを見つめ返している。
「ラーメン二郎には絶対にブタが必要なんだ。スープ作りにも、トッピングにも、美味しいブタがほしい」
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