2007
「ねぇ、あの窓際の席の人誰だっけ?」
お手洗いから戻った由紀に、わたしは窓際の席を指さし聞く。春子はまだ廊下で電話をしているらしく、戻って来る気配はない。
わたしは人の名前を覚えることが得意ではない。クラスメイトであっても関わりのない生徒は覚えられない。わたしとは対照的に、由紀は人を覚えることが得意だ。本人にとっては、”得意”というより”当たり前”に近いのだろうけれど。
「確か、樋上くんかな。樋上慧」
知っていて当たり前、というように由紀は答える。少し考え込みながら言っているものの、しっかりとフルネームで答えている。きっと初めから知っていたのだろう。
「わたしも話したことないけどね。いつも音楽聞いてるし」
由紀はそう言い、手鏡を広げる。前髪を濡らしてきたからか、先程より前髪が纏まり整っている。話したことのない人でも言動を把握している由紀を少しだけ尊敬する。わたしは由紀ほど観察眼も鋭くなければ、視野も広くない。
「よくわかるね、すごい」
「名前くらいしかわかんないよ。メルアドも持ってないし」
わたしは彼の打つメールの文面や話す言葉が気になった。いつも音楽と会話をしているような彼は、何を話すのだろう。彼はどんな文面で、どんなことをメールに起こすのだろう。
「にしても珍しいね。未華子ってあまり人に興味持つイメージないけど」
「ちょっとね、さっき話しかけられて」
「へぇ。樋上くんが誰かに話しかけることあるんだ」
少し驚いたように由紀は言う。殆どのクラスメイトと何かしらで関わりを持っているイメージの由紀ですら、樋上くんとは話したことはないらしい。由紀は樋上くんにそれほど興味がないらしく、わたしの話を聞きつつも目線は鏡の中の自分に向けている。目元にアイラインを引き、アイシャドウも濃く塗り重ねている。その後スカートを折り直し、残っていたパックのレモンティーを飲み干す。
「もう授業始まるよ。片付けよ」
見た目は派手でも、しっかりと時間は守り授業も殆ど出席をする由紀。彼女の良いところである。一方、春子が戻って来る様子はない。
「あれは終わんないな」
「だね。彼氏の学校、今日は創立記念で休みらしいから」
「じゃあ、春子はそのまま帰るかもね」
わたしと由紀とは対照的に、アルバイトのシフトや彼氏の時間割に合わせて登下校している春子。遊びと彼氏が第一優先、といった具合である。
「来年度、あいつ一緒に卒業できるのかな」
笑いながら由紀が言う。
「出来なかったら面白いね」
わたしと由紀は、そう言ってひとしきり笑った。
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