2024 凪
パパと未華子さんが同い年で高校生の時の友達だった、という事実にわたしはとても驚いている。
パパは顔だちが幼くて、逆に未華子さんは大人びた顔だち。未華子さんが老けて見えるとか35歳に見えないとか、そう思っているわけではない。ただ、パパと未華子さんを横に並べて年齢について考えたことが今の今までなかったからだ。今現在、バーカウンターを挟んで対面しているパパと未華子さんのどことなくぎこちない雰囲気を、わたしは口を出さずに見守るしかなかった。
出された料理を食べる未華子さん。その視線はたまにパパの方を向き、数秒しない間に別の場所へ移される。どこを向いていいのかわからないように視線だけがあっちこっちへと向く。
パパはパパで、眼鏡越しに少し戸惑いと何を話していいのかわからない顔をしている。たまに何か話そうとしているのか、少しだけ薄い唇が開き、何も発さないまま閉じる。その繰り返し。
実は2人は同じクラスだっただけで、対して仲が良かったわけではないのかもしれない。席が前後だったとか、出席をとる呼名で名前を互いに憶えていたとか、もしかしたらその程度?
わたしはパパの高校生時代を詳しくは知らないし、ましてや出会って間もない未華子さんの高校生時代はもっと知らない。2人の関係性はおろか、それぞれの過去すらわからない。
「元気だった?」
パパが食事をしている未華子さんに尋ねる。パパの細く骨ばった指はお腹の前あたりで組まれ、たまに組んだ指を握るように動かしている。
「うん、元気だよ。慧くんは?」
未華子さんが少し微笑んで答える。未華子さんは相手の会話に答える時は食事をやめ、持っていたフォークまで手から離して会話をする主義らしい。未華子さんの上品さを垣間見た。少しぎこちないものの2人の会話のキャッチボールは続きそうだ。わたしは殆どなくなったココアを啜り、パパと未華子さんを横目で眺める。
「まあまあかな。可もなく不可もなくやってるよ」
「なにそれ」
未華子さんが可笑しそうに笑う。パパも未華子さんが笑ったことに安堵したのか、口元が少し緩んでいる。パパは長い前髪と眼鏡のせいでたまに表情が読めないことがある。けれどわたしにはわかる、きっとパパは今体の力を抜いて楽しんでいる。
「未華子は昔の面影、全然ないね」
「え?」
少し怪訝そうな顔をする未華子さん。
「パパ、言い方良くないよ」
思わず口を出してしまう。女性に対してもっと言い方があるだろう。パパははっとして、手を顔の前であおぐように振って慌てる。
「あ、違う!年齢とか顔とかの話じゃないよ。派手だった面影がないねってこと」
その言い方もいかがなものか。そう思いつつも、わたしが口を出し過ぎるのもよくないだろう。静かに2人を眺めて会話に耳を傾ける。
「もう若くないからね。派手もおしゃれも平成で完全に卒業」
きっぱりと言う未華子さん。その一言にどんな思いがこもっているのか、わたしにはわからなかった。無感情さすら感じる一言である。
未華子さんを横目で見る。色白の肌に程よく痩せた身体。横顔は鼻が少し高く、頬っぺたは化粧をしているとは言え綺麗である。少し薄暗いから細かくはわからないものの、身なりにも年相応に気を使っているように見える。
「未華子さん、おしゃれが好きなの?」
わたしは思わず聞いていた。未華子さんが不思議そうにわたしの方を向く。パパも不思議そうにわたしを見るが、特に何か口を出してくることはなかった。
未華子さんは少し考える仕草をした。少しの沈黙があり、微かに流れるジャズミュージックが大きく感じられる。
「もう、好きじゃないかな」
未華子さんが伏し目がちに答える。パパはその答えに少し面食らっているようだった。
「なんで?」
わたしは思わず聞き返した。予想外の答えだった。”好き”と答えるかまではわからないけれど、”好きじゃない”とまではっきりと言うとは思っていなかったのだ。
「なんでだろう。はっきりした理由はないかな」
パパが首を傾げる。納得していないようだ。
「けれど、凪ちゃんもいずれわかるよ。好きだったものが好きじゃなくなる感覚」
未華子さんはそう言って、少しだけ微笑んだ。
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