2007
「今日の放課後空いてるー?」
由紀の間延びした声が響く。昼休み、教室の後ろの方でわたしと由紀、春子はお喋りに花を咲かせていた。机の上にはわたしと春子の食べかけの弁当、由紀が購買で買ってきた菓子パン、全員分のパックのレモンティーが所狭しと広げられている。
昼休みも半分がすぎ、教室にいるクラスメイト達は携帯電話をポチポチと触っていたりお喋りをしたりと、思い思いに時間を過ごしている。中には図書館や廊下で過ごす者もいるからか、教室にはクラスメイトの約半数が残っている。わたしたちはこの昼休みを、教室のわたしの席に集まり、昼食を摂ったり化粧直しをしたりして過ごすことが定番となっている。
「ごめん、うちバイトある」
昼食を食べ終わり、前髪カーラーを前髪に宛てながら春子が答える。ミルクティ色のボブカット、色白に低身長と女の子の可愛いを詰め合わせたような春子はファミリーレストランでアルバイトをしている。
「珍しい、今日は彼氏じゃないんだ」
由紀が茶化すように大げさに驚いてみせる。春子には隣の高校に恋人がいる。
「そんなに頻繁には会ってないよ。まだ付き合って少ししか経ってないし」
呆れたように答えるが、その口元は少し笑っている。まんざらでもないようだ。
「未華子は?放課後遊ぼうよ」
「今金欠だから、お金使わないことならいいよ」
わたしが答えると、由紀が頷く。
「わかる、わたしもお金ない」
「じゃあ放課後、コンビニでアイス買って外で駄弁ろう」
けらけら笑いながら、由紀は食べかけの焼きそばパンを食べきる。パンを掴む手は日に焼けて黒く、手首にはヒョウ柄のシュシュがついている。そして爪先には紫色のマニキュアが塗られている。
春子も由紀も系統が違う派手さを身に纏っている。だが、どちらも一般的に見ればギャルである。特に校則の緩いわたしの高校ではお洒落が咎められることが少ないからか、わたしたちは学年が上がるにつれて派手さを増していった。
昼食を食べきり、弁当箱を使い古したスクールバッグに仕舞う。代わりにヘアアイロンとメイクポーチ、鏡を取り出す。この前染めたばかりの栗色のロングヘアに櫛を通す。
2人も机にメイクポーチや前髪カーラーを並べ出し、化粧直しや髪型を直しだす。
誰かの携帯電話が鳴り響く。
「この着メロは春子の」
由紀が目ざとく言う。由紀はわたしや春子の着信音メロディーを覚えている。
「あ、彼氏からだ」
春子がポケットから携帯電話を取り出して言う。白色の携帯電話は白色や薄いピンク色のラメシールや花のシールでデコレーションされている。そして彼氏とお揃いであろうストラップがぶら下がっている。
春子が携帯電話を耳に当て、そのまま席を外す。暫くし、廊下で少し声高に話す春子の幸せそうな声が聞こえた。
「ちょっと前髪濡らしてくるね」
由紀がそう言って席を立つ。わたしは一人になり、ふっと息を吐いた。
「騒がしいね」
一つ机を挟んだ隣、窓際の席で声がした。
わたしがさっと声の方を見ると、イヤホンを片耳から外した男子生徒が無気力な目でこちらを見ていた。彼の周りに友達と思しき人はいない。
窓から入る初夏の風が、彼の前髪を撫でた。伸びかけたミディアムマッシュの髪は、生まれつきの癖毛なのか全体的にカールがうねっており、眼鏡を掛けた目元には軽く前髪がかかっている。
「ごめんね、うるさかった?」
初めて声を掛けられどうしていいか分からず、わたしは少し狼狽えた後、彼の机まで移動して軽く謝った。クラスメイトとは言え交友が狭いわたしは、クラス替えをして3カ月経っているものの、彼のフルネームすら覚えていなかった。
「大丈夫。これあるから」
彼はそう言って、外した片方のイヤホンを持ち上げた。白い有線イヤホンのコードを軽く振り回す。コードを目線でたどると、イヤホンの根元は黒色のウォークマンに繋がっていた。
「イヤホン越しにもたまに声がして、楽しそうだなって思って」
少し目を細める彼。黒縁の眼鏡のレンズ越しに見える二重瞼と中世的な鼻と口元、丹精な顔立ちをしていることがわかる。ウォークマンに添えられた指も細く、それどころか全体的に線が細い。少し着崩した制服の上からでも分かるほど華奢な体つきをしている。
「音楽を遮っちゃってごめんね」
再度謝ると、彼は気にしないでと首を横に振った。廊下から彼を呼ぶ声がした。
「次の選択授業、美術だからもう行かなきゃ」
彼はウォークマンとイヤホンを素早くリュックサックに仕舞い、準備されていた教科書を持って立ち上がった。わたしは一歩横にずれて道を開ける。
無気力に歩き、教室から出て行く彼。
これが、わたしと
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