第一章 第4話

 翌日木曜15時半、ホームルームが終わると、海野うみのさんは出雲いずも先生と一緒にどこかへ向かった。

 文芸部の話か、はたまた家庭訪問かていほうもんの話か。いずれにせよ、今日は職員室まで鍵を取りにいかなければ部室に入れない。

 職員室は渡り廊下の先、特別塔2階の左手にある。

 入口の真横にある鍵置き場から部室の鍵を借りて、海野さんも出雲先生もいない職員室を早々に立ち去る。おそらく二人は国語科準備室にいるのだろう。

 今日は宿題もない。海野さんが戻るまで、バックナンバーを読むとする。

 特別塔1階から中庭に出て、セミナーハウスに入り、階段を登り切れば、海野さんの作品さくひん舞台ぶたいにもなった2階の廊下の角にたどり着く。震災後、家族に連絡がついた場面だ。

 海野さんは必ずどこかでくぬぎ高校を舞台にする。

 2階の廊下を曲がれば、右手には洗面台。そこで主人公は焼き肉が晩御飯だと思い出してニヤける。左手には部室のがりがまち

 部室に入り、窓辺から葡萄棚ぶどうだなを見下ろせば、姉が葡萄柄を気に入るか思いを馳せる主人公が目に浮かぶ。

 ――そこで、妙な直感ちょっかんが働く。三作品はバックナンバーに繋がっている。まるでかぜけば桶屋おけやもうかるような結論に至った。

 その理由も教えて、と海野さんの声が脳内再生される。海野さんは何かと感覚的な答えに具体的な言葉を求めてくる。

 暇つぶしに直感の理由を考えてみる。

 とりあえず、部室から入口を見て右手にある引き戸の前に立つ。すると、存外すぐに答えにたどり着く。気にもしなかったが、三作品の主人公は視線しせん方向ほうこうが明記されており、その視線はバックナンバーのある棚で交錯こうさくしている。

 そこに何らかの意図はあるのだろうか。

 考えに一区切り付けて、まずは座卓を二つ組み立てる。その最中、またも海野さんの声が脳内再生される。

 ただ「あった」と。

 すぐに最新刊に思い当たる。そういえば、気になった作品が謎のままだと思い出す。

 しかし、まだ違和感を覚える。

 口頭の謎と作中の視線……そう、最新刊という一つの答えに、二つの問題が用意されている。

「よほど読んで欲しい作品があるのかな?」

 座卓の準備が終わり、棚の前に立つ。満を持して、最新刊を手に取る。

 最新刊は白い表紙に表題ひょうだい『ナズナ』と花柄はながらがシンプルに描かれている。古い冊子と比べると装丁がしっかりしており、部費の変遷が垣間見かいまみられる。

 まずはあとがきをめくり、部員が一人だったことに驚かされる。桜田結菜さん、本名かペンネームかはわからない。

 改めて、もくじをめくる。題名からは判断できず、パラパラと冊子をめくっていく――すると、題名『ショーガツ・カイキ』の一ページ目から一枚の紙片がたたみの上に落ちる。

「なんだ、これは。なんで、ここに!」

 その紙片には暗号文あんごうぶんが書かれている――『にむもさとおちのいま゛〜)きっと、おもいこみだよね』と。

「なんでここに、大翔ひろとのシーザー暗号があるんだ!」

 それは間違いなく大翔の作った暗号であり、明らかに大翔の筆跡ではなかった。

 驚愕に思考停止する。

 そして、忘れたことを思い出した拍子に、気づいた何かを忘れた。

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