第三章 第3話

「あら、森峰くん! やっときたわね」

 扉を開けるなり出雲先生に歓迎かんげいされる。国語科準備室には他に誰もいない。

「出雲先生、相談があります。いまお時間ありますか?」

「ないと見せかけて、あるわよ」

 瞬時に相談するか迷うが、海野さんの前例を信じる。

 カバンからフォルダーを取り出し、出雲先生に渡す。

「最近、海野さんから御題おだいを聞いて作品を書いていたんですが、もう何も書ける気がしないんです。何かアドバイスを頂けないでしょうか」

 出雲先生は四日分の原稿を読み始める。

「森峰くん、字が綺麗きれいね」

「どうもありがとうございます」

 そう返す間にも出雲先生は原稿をめくり、ものの五分で四作品を読み終える。

「どの作品も、決められた御題の中で、好きなように書けていて、とても良いと思います」

 出雲先生にフォルダーを返されてしまう。

「ところで、どう? 女の子と二人きりの放課後は?」

「……廃部にならないか心配した方がいいですよ」

「そうね、校則上はあと3人ほしいわ」

 出雲先生のペースにあてられて、変に探りを入れてしまう。

「海野さんともこんな感じで相談を受けたんですか? すぐに問題が解決したって聞いていたんですけど」

「海野さんの問題は、森峰くんに話せないわよ」

 ズバリ言われてみると、本当はそれが目的だったような気がしてきて、心が沈む。

 執筆の相談なら、大翔にしても良かったはずだ。

「森峰くん。改めて聞くけど、文芸部の活動は楽しい?」

 真っ先に海野さんの柔和にゅうわな笑顔が浮かぶ。慌ててこの2週間を振り返り、率直に答える。

「……はい、楽しいです。書くことも、読むことも」

 たったそれだけの言葉に、出雲先生は破顔はがんする。

「それは良かった! どう楽しいか、この場では聞かないわ。具体的なことは、小説に書いてみて」

 海野さんとの部活動のことなら、すぐにでも書ける気がする。

「ふふ、恋文なら先生に見せなくていいわよ」

「ご相談に乗っていただき、ありがとうございました」

 お礼を言って、すぐさまきびすかえす。動揺は隠しきれなかったのか、小さな笑い声がこだまする国語科準備室を退出する。

 深呼吸をして、海野さんのいない帰路につく。同時に、浮ついた感情もしずまる。

 もし部員が一人なら、小説は執筆しなかっただろう。感想会かんそうかいは成立しないし、バックナンバーを読んでも暗号文あんごうぶんはない。きっと何も得られないまま退部したに違いない。

 書くことも、読むことも、楽しいと思えるのは海野さんのおかげだ。

 感謝を題材に、笑顔の素敵さを書けば、自ずと部活動が楽しい作品は完成するだろう。

 ふと見上げると、夕空には丸い月が登っている。明日は合宿前の最後の部活動だ。自分を鼓舞して、作品の構想を練り始める。

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