第四章 第2話

 下駄箱で靴をえ、校門を早足で抜け、温かな街のあかりの中を行く。

 春の空気はんでいて、最悪の状況なんて気のせいだと思い始める。

 きっと海野家うみのけも灯りがあり、海野うみのさんは学校に向かう準備を始めている。そこへ訪れ、大きなお菓子袋をからかわれて、少し恥をかく。そうなるに違いない。

 だが、直感ちょっかんだけは足を急かす。

 そうして、最寄り駅までの通学路沿いに、一軒だけ灯りのない家が見える。

 その家は、何度思い出してみても海野家だ。

 慌てて走り出す。同時に、ポケットからイヤホンを取り出し、耳につけてマイクをオンにする。

「一酸化炭素中毒と死亡までの時間を教えて」

 数秒後、世界最高峰のAIから判断を告げられる。

「こんにちは、れんさま。脈拍みゃくはくが乱れています。まずは息を整えましょう」

 直ちに早足に戻し、呼吸を整える。

 AIの言葉で冷静さを取り戻す。

「一酸化炭素中毒とは、一酸化炭素による中毒症状です。死亡までの時間は、空気中の濃度により異なります」

 そこでAIの回答が終わる。すぐに次の質問を考える。

「一酸化炭素が充満じゅうまんした部屋から救助きゅうじょするときの注意点を教えて」

「消防への連絡を強く勧めます。また、無闇むやみに扉を開けないで下さい。部屋に充満した一酸化炭素を吸い込む危険があります。最悪の場合、1分から2分で死に至ります」

 そんな場合なんて想定したくない。だが、迂闊うかつには助けに入れない。

 AIから死に至る具体的な濃度を聞き出す時間はない。あと数秒で海野家に着く。

 そんなとき、母さんの言葉が思い出され、お菓子袋の大きな音が聞こえてくる。

 海野家に着くと同時に、お菓子袋をひっくり返す。色とりどりのお菓子が通学路いっぱいに広がる。肝心かんじんの大きなビニール袋には空気を一杯に溜め込み、これで簡易的な酸素ボンベができあがる。

 インターホンを押して、空虚な音を聞く。鼻呼吸を止め、口に左手でビニール袋をあてる。

 扉に手をかけ、天に祈る。

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