『箱と文と月』

涼宮 和喣

序章

 二〇三二年三月某日、成績優秀な友人の受験番号は、県立くぬぎ高校の合格掲示板に載っていなかった。

「さらばだ、森峰もりみねれん。クヌ高生として、これから存分に楽しめよ」

 たまたま前日にやった問題が全部出た者が合格し、たまたま本番と追試ともに重度の体調不良だった者が不合格になる。そんなことがあっていいのか。

 空閑くが大翔ひろとへの感情が先走った。

「……こんなことなら、受からなければ良かった」

「……なんだと? 蓮が落ちてどうなる。ああ?」

 辛い現実を、受け止められなかった。こんな大事な時に、直感ちょっかんはうまく働かなかった。

 大翔に足早に詰め寄られ、詰襟つめえりの首元を握りしめられる。

「言葉を選べよ。そんなの善意でもなんでもねぇ。俺もお前も全力を出したんだ。それを無下むげにしやがって。お前なんざ、もうしらねぇよ……ッ!」

 大翔に詰襟ごと押し退けられる。鋭い一瞥に胃がきしむ。大翔はすぐにきびすかえす。

 そうして大翔の悔しそうな独り言が、気まぐれな春風はるかぜに乗って耳に届いた。

「……ああ、文芸部に入りたかったな」

 大翔は一人去っていく。いろんな感情がなにひとつ言葉にならない。なぐさめは言わない約束で、連絡を取りたいかもわからない。こんな別れは、まったく想像していなかった。

 大翔の後ろ姿を見ていられず、あらぬ方向に目をそらし、そこに怪訝けげんな顔をした女生徒を見つけて、今度はうつむいた。

 すると、スクールバッグがいつの間にか開いていて、中に直方体の木材を発見した。

 すぐに、大翔の置き土産だとわかる。掲示板の前でほうけていたから、たぶんそのときだ。

 木材の六面にほどこされた、幾何学きかがく的で、精緻せいちな模様に、しばらく魅入みいられる。

 入学後の予定は白紙になり、独り言と木箱だけが手元に残った。

 文芸部に入れば、木箱の中身も大翔の意図もわかるだろうか――いつまで考えても、答えは出なかった。

 諦めて帰ろうとしたとき、すでに大翔も女生徒もいなかった。

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