終章
母からは合宿の中止についてあまり追求されず、ベランダで
9時20分頃に
合宿では
1時間後、ぼんやりと月を眺めながら構想を練っていたところに、
『月を仰げ。そろそろ部分月食が始まるぞ』
『もう観ているよ』
『……物好きだな。半影食から観ていたのか? 暇なら通話しようぜ』
通話を繋げると、大翔も文芸部で月を
「うちの天文部連中は色めき立っていたぜ。文芸部でも御題選びで議論があったが、俺は皆既月食にした」
大翔は
こちらも近況を聞かれたが、今日のことはおいそれと人に話せない。
そこで
時間はあっという間に過ぎて0時13分頃、
30分ほど過ぎたところで、
2時頃、部分月食の終わりを見届けて、眠気に
翌月曜日、
職員室で鍵を借り、部室を開け、今日は
そうして
バックナンバーを一冊ずつ取り出し、書体や書式を調べにかかる。
しかし、ワードファイルは想定より容易に完成する。フォントは初期設定であり、B4用紙を縦向き縦書きで2段組みにするのが伝統らしい。
16時半、まだまだ時間に余裕があるため、
これが予想外に時間がかかる。
手書きの文字はAIでテキストファイルにできるが、細かな
18時半、なんとか2週間分の原稿を整えたところで、廊下から足音が聞こえてくる。
扉を開けて現れたのは、少し息の上がった海野さんだ。
「こんにちは、
返事の
「海野さんはどうしてここに?」
「森峰くんと
海野さんは深呼吸で息を整える。
「これから一緒に満月を観測しよう」
「わかった。すぐに支度するよ」
断る理由はない。それにしても、皆既月食の翌日が満月とは知らなかった。
部室を締め、職員室に鍵を返し、そのまま特別塔の階段を5階屋上まで登る。
扉を抜けて、夕空を仰ぐと、丸い満月が
「
屋上の一角、大きな
「あと30分くらいだけど、4月の満月を楽しんでね。下校時刻になったら、また呼びに来るわ」
出雲先生はそれだけ言って
「お先にどうぞ、森峰くん」
「それじゃあ、遠慮なく」
海野さんと交代しながら望遠鏡を覗く。レンズの中を移動する満月は、クレーターの陰影まではっきりと見える。昨日とは大違いで、ひとしきり満月を追う。
ふいに、出雲先生の言い方に疑問を持つ。海野さんに聞きかけて、先に海野さんが口を開く。
「そういえば、森峰くんは今日、部室で何をしていたの?」
「ああ、冊子作りの準備を進めていたんだ。なんとか印刷前の形は整ったよ」
「さすが
海野さんは今日、何をしていたか。話の流れで聞いてしまいたい
望遠鏡から顔を上げ、代わりの疑問を持ちかける。
「ところで、出雲先生は4月の満月って言ったけど、何か意味があるのかな?」
望遠鏡を覗こうとした海野さんが一瞬固まる。
その後、何事もなかったかのように、海野さんは体制を戻して解説してくれる。
「4月の満月は、ピンクムーンと呼ばれます。アメリカの先住民が由来で、北米では
「さすが
出雲先生がわざわざ言った理由を名前からなんとなく察しながら、二人で夕空を仰ぐ。
海野さんは少し声を震わせる。
「今日の満月は、いい思い出になるね」
いつかの海野さんの母親の話を明確に意識しながら、海野さんに向いて目を合わせる。
「うん、いい思い出になった」
「よかった……なんだか明日は筆が進みそう」
暗がりの中、海野さんは嬉しそうに笑う。
出雲先生が戻るまで、いつまでも二人でピンクムーンを見上げる。
来年も、再来年も、こうして月を見上げられることを願う。
『箱と文と月』 涼宮 和喣 @waku_suzumiya
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