第二章 第2話
18時を回り、
次いで、部室の扉が開き、
「久しぶり。二人とも元気?」
すぐに
「出雲先生、部室で会うのは久しぶりですね。何かありましたか?」
「用事が3つほどあってね――あ! 早速、小説を書いていたの? 感心ね」
出雲先生と目が合い、ひとまず会釈する。海野さんが言いたいことを言ってくれる。
「小説は毎日書いていますよ」
「毎日!?」
出雲先生が驚愕してその場で固まる。
その間にフォルダーを海野さんに渡す。同じくフォルダーを持っていた海野さんに頷かれる。
「初日に
「拝見させてもらいます」
出雲先生は、フォルダーをパラパラとめくり、何度か頷いてみせる。
「すぐにでも
海野さんが振り返る。
「
「じゃあ作ろうか。断る理由も特にない」
「オーケー。というわけで、用事1つ目! 部長と副部長を決めてください。部誌を印刷するためにも、役割分担を決めないとね」
海野さんが手を挙げる。
「はい! わたしは副部長に立候補します」
「すみません。海野さんを部長に推薦します」
「そんな……困るよ……」
海野さんは本当に困ったような顔をする。思わず意思が揺らぐ。
お互い返事に
「そうだ、コインゲームをしよう! わたしがコインを投げるから、森峰くんはどっちの手で取ったか当ててね」
海野さんはすぐさまカバンの財布から五百円玉を
ピンッと五百円が
海野さんは得意げに両手を突き出す。
その時、海野さんの右手がわざとらしく動いた。
「さて、コインはどっち?」
「右手だね」
「ちゃんと理由を言葉にして。もちろん、理由が外れたら森峰くんが部長だよ」
例え、出題者が自由に答えを変えられる問題でも、予め答えを用意する。海野さんという人は真面目である。
「右手はわざと動かした。これをブラフと信じて左を選べば外れ、思わず握ったと信じて右を選べば当たり」
「大当たりだよ……うわあ、全部言われた……」
「正直、コインを取った時点では、どちらも選べなかったよ」
出雲先生は
かくして、部長は海野さんに決まった。
「さて、部誌の印刷は一旦
放心している海野さんに代わって聞く。
「もう少し具体的に教えて下さい」
「集合は19時で、解散は午前2時。解散が遅いから、希望者は学校に宿泊できます。学校に宿泊する場合、
夜の学校に泊まれると聞いて、自然と気分が上がる。
皆既月食なんていつぶりだろう……昔、寒い冬の日に、家族と観た気がする。
きっと親も許可してくれるだろう。迷わずに
「はい。参加したいです」
「オーケー。では、このプリントの一番下の欄に、自分のクラスと名前を書いて、それから、親御さんの名前とハンコを貰ってきてね」
プリントには、合宿許可書とあり、出雲先生の説明にあったことが書かれていた。
出雲先生はまだ放心気味な海野さんにもプリントを配り、サラッと大事なことを言う。
「あと、文化祭までに必ず皆既月食を題材に作品を書いてね――海野さんはどうする?」
「……なんとか参加します」
「わかったわ。それでは早速、部長の海野さんは許可書を集めて、来週中には提出してね」
海野さんは渋々と頷いてみせる。
「さて、最後の用事3つ目! 何度かホームルームでも話しまたが、
海野さんはうつむいて黙り込む。部長の件とは無関係なはずだから、家庭訪問で言いづらいことでもあるのだろうか。
「出雲先生、別日とかはあるんですか?」
「え? そうね、別日に変えることはできるけど、海野さんはなるべく早い方がいいのよね?」
海野さんは顔を上げると、困ったような顔を浮かべて答える。
「わかりました。母にそう伝えておきます」
出雲先生は心配顔になりながらも頷く。
「決まりね。森峰くんは出席番号通り、五月一六日で問題なかったかしら」
「ええ、親は大丈夫だと言っていました」
「よかった。さて、私は国語科準備室に戻るから、何かあったらいつでも訪ねて来てね。帰るときは
出雲先生は
放課後が終わるまでバックナンバーを読む。その間、海野さんから言えなかったことを聞き出すか悩んだが、家庭の事情に関わるため断念した。
18時半のチャイムが鳴り、部室も施錠して、二人で帰路につく。すると、道の反対を歩く女生徒三人がなにやら噂を立て始める。
思えば、高校生の男女が二人で歩けば、目立つものかもしれない。
「海野さん、これからは別々に帰った方がいいのかな?」
「他人の目なんて気にしない。わたしにとって
「……別々に帰る理由は特にないかな」
「そう……よかった」
嬉しそうな声に海野さんを見ると、横顔が笑っていて安心した。女学生も噂話に飽きたのか、せわしなく話題を変えながら、足早に去っていった。
女生徒が十分離れてから皆既月食の話題を振ろうとして、あることに気づく。
皆既月食を最後に家族と見たのは、3年前の正月だ。
「海野さん、初日の謎が解けたよ」
「お聞かせ願おうかしら」
「最新刊で気になった作品は『ショーガツ・カイキ』。3年前のこととは、お正月に起きた皆既月食だね」
「ご明察だよ、森峰くん。これで謎も解けたね」
海野さんは不意に夕空を見渡す。
「月が見えないね。昼は三日月が上がっていたのに」
少し開けた畑道まで歩いて確認しても、月は見えなかった。
畑道の真ん中で、海野さんは夕空を仰ぎ、深く長いため息をついた。
「3年前のお正月は、家族全員で皆既月食を見たんだ。玄関先で、七輪を囲んで、月が段々と
海野さんは穏やかな表情を浮かべている。
「あーあ! なんだか話したら謎に安心感があるね。うん、森峰くんに聞いてもらえて良かった」
なぜか返事ができない。焦燥感があって、他愛もない言葉をいくつも飲み込む。
そのまま帰路を進み、すぐ海野さんの家に着いてしまう。
「じゃあね、森峰くん。秘密箱の解錠、頑張ってね」
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