第二章 第3話

 結局、秘密箱ひみつばこは全く解錠かいじょうできる気がしなかった。

 蓋がどこで、箱がどこか、さっぱりだ。

 その難解さに不安がつのる。

 昨晩はよく眠れず、授業は半分も頭に入らなかった。

「……暗い顔だね、森峰もりみねくん」

 部室に入るなり、先にいた海野うみのさんに心配される。

 気づけば、不安を言葉にしていた。

「秘密箱が開かない。まるで、開けられるのを拒んでいるみたいだ。暗号文だって、きっと積年せきねんうらみが込められているに違いない」

「森峰くんは本当にそう感じるの?」

 間髪入れずに海野さんに問われる。

 直感ちょっかんはそんなはずないと否定している。だが、どうしても仄暗ほのぐらい意図を考えてしまう。

 そんな自己矛盾におちいっていた。そう客観視できて、少しだけ安心する。

 なんと答えるべきか考え出すと、海野さんは察したように柔和にゅうわな笑顔を浮かべる。

「解き方はいつでも教えるからね」

「……ありがとう」

 海野さんは話題を変える。

「そうそう、合宿許可書は持ってきた?」

「持ってきた。いま渡すよ」

 座卓の定位置に着き、カバンからプリントを取り出して海野さんに渡す。

「ありがとう。じゃあ、今日の自由時間に国語科準備室へ提出してくるね」

「ありがとうございます、海野部長」

「う、部長呼びは止めて……と、それはさておき、役割分担については自由に決めていいみたいだね」

 確かに、出雲いずも先生はプリントの回収を部長に指示しただけだ。

 とりあえず、部長呼びは止めることにする。

「どうする? 森峰くんはしたい仕事とかある? 一応、どんな仕事があるか出雲先生に聞いてきたよ」

 海野さんからルーズリーフを一枚渡される。

 正直、他人とのやり取りは避けたい。すると雑用ばかりになるが、肩書と呼べそうな仕事が一つある。

編集長へんしゅうちょうを引き受けようかな。あとは、備品の買い出しとか、配布冊子の補充とか、地味じみ仕事しごとがあれば回してほしい」

「わかった。あとは、印刷の発注とか、予算申請とか……渉外しょうがいはわたしがやるね」

 海野さんから貰ったルーズリーフは、フォルダーの後ろにしまう。

 16時半はすぐに訪れる。

 今日も海野さんはスラスラと書き始める。回を増すごとに、その凄さがわかる。

 その斜向かいで今日も四苦八苦しそうだ。だが、直感と考えが矛盾していると客観視できた。原稿用紙を裏返し、まずは二つの対立を整理してみる。

 30分が経ち、海野さんはシャーペンを置く。そこでようやく書き始める。

 結局、秘密箱ひみつばこに意図があるか、暗号文あんごうぶんに何が書いてあるかはわからない。

 開かなくても構わない意図はありそうだが、中身は餞別せんべつとして激励げきれいの手紙が入っている気もする。

 だから、信じていたものがくつがっても受け入れる話にまとめあげた。

「17時半だね、森峰くん」

「なんとか時間内か……原稿を交換しよう」

 ルーズリーフに要点をまとめるのも慣れてきた。

「合宿に焦点を当てた話で、皆既月食当日の様子を今から想像できて良かった。セミナーハウス1階の調理室で土鍋料理の美味しさに天を仰ぐ展開も、バックナンバーのある棚に無理なく誘導できていて凄かった。あと一点、七輪への思い入れを聞きたいかな」

 食材だけでなく、土鍋や七輪を持参する理由が気になる。

 海野さんはスラスラと答える。

「七輪って、寿命が3年くらいなんだ。それで先日、母が新調したの。だから、なにで使うか今から楽しみでね。思い入れというか、その予想を活かして小説を書いているよ。いまのところ、焼き肉説が濃厚かな……」

 ぼんやりとする海野さんを眺める。七輪の使い道をいろいろ予想してきたことがわかる。

 ふいに、海野さんがハッとして壁掛け時計に向く。

 気づけば18時は間近に迫っていた。二人して慌てふためくことになる。

「信じていたものが覆っても受け入れる、という一文が印象的でした。森峰くんの直感は凄くて、じゃなくて、直感があれば、きっと秘密箱も解けることでしょう!」

「この土日に頑張ります!」

 言い終わると同時に18時になる。

 二人でほっと胸をなでおろす。海野さんは苦笑いを浮かべる。

「急ぎ足になっちゃってごめんね。ルーズリーフにはもう少し細い感想を書いたから、よかったら読んでみて」

 ルーズリーフはすぐに読んで、赤裸々せきららな内容に面映おもはゆくなりつつ、すぐに海野さんに返した。

 自由時間にバックナンバーを読み、18時半に施錠して、今日も帰路につく。

 他愛もない話をポツポツと話して、海野さんの家の前で別れようとして、呼び止められる。

「待って、森峰くん」

 海野さんの声の強さに踵を返す。

「一つだけ聞きたいことがあるの。直感ちょっかんで答えて」

 断る理由はあるはずもない。

「ああ、わかった」

 少し間があく。黄昏時たそがれの裏路地は薄暗く、海野さんの表情や様子はよくわからない。

「良いことがないとなげく人に、普通が一番と答える人は、どんな普通を望むと思う?」

 第一感で質問に即答する。

「それは遠回しな言葉だと思う。普通を望むていで、普通じゃないとうったえている」

「答えてくれて、ありがとう。今度こそ、じゃあね。森峰くん」

 海野さんはいつも通りの語気ごきで、いつも通り家に入っていった。

 一人きりの帰り道、海野さんの言葉を思い出し、土日に秘密箱を開けると意気込んだ。

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