第二章 第4話

 土曜日、秘密箱ひみつばこはどこを引っ張ってもひねっても微動びどうだにせず。

 秘密箱で調べたくなる衝動とも戦い、疲れ果てた。

 翌日曜日、秘密箱を枕に、カーテンの隙間から朝日を浴びる。

 カチッ、と鳴ったのは、秘密箱を持って伸びをしたとき。

 親指が、直方体の面の一部を押し出している。

「うわっ、そういうことか!」

 直感的な発想を、言葉で切り替える。『箱を開ける』から『仕掛けを動かす』に考え方を変える。

 要は、どこかを押せばいい。

 ニ手目は仕掛けがあった面ごと押し出し、三手目はニ手目にできた隙間へこれまた面ごと押し出す。

 四手目はやや苦戦するも、一手目の反対の面にある仕掛けを押し出すことに成功。五手目、六手目と続き、七手目で完全に仕掛けを理解する。

 要は、一手ずつ回転させるだけだ。

 そして二十一手目、ズレ幅が大きくなり、解錠かいじょうを確信する。

 隙間に紙片を見つけて緊張が走る。暗号文あんごうぶんへの不安がよみがり、このまま開けるか逡巡しゅんじゅんする。

れん! 朝ご飯できたわよ!」

「はーい! いま行く!」

 先に朝食を済ませることにする。

「あら、蓮。顔がニヤつてるわよ」

「あはは……いただきます!」

 ご飯とシャケフレークのお茶漬けは、いままでで一番美味しかった。

「ごちそうさま!」

 食器を片付け、部屋に戻り、椅子について一呼吸。

 蓋を掴んで一気に秘密箱を開ける。

 中から暗号文の手紙が出てくる。

 四つ折りのルーズリーフを開き、暗号を空で解読していく。


『と!らとみましま゛な、さめな゛いきよのほつし俺は落ちた。だから、手紙を残そう。

 あぶらびる゛くきまめ…しほ!な、ま゛!な(むぬへしまずは自分を立てろ。それから誰かに尽くせ。

 なくなぬきのもら゛(ひ…しほ!め゛と((なやろ゛つま゛し感覚を言葉にしろ。それで鬼に金棒だ。

 と!よちやち(みび〜つ(らや!まなす俺のいない日常には慣れたか?

 おひおのあむめちま、さと!よね゛に!ちきむなむめぬ!しもしも困っていたら、俺の激励を使ってくれ。


 節々の大翔ひろとらしさに安堵する。

 大翔は大翔だった。そのことを一つずつ思い出しては、あの日以来の疑念を払っていく。

 これで本当にお別れだ。

 そう思って、手紙をしまおうとしたとき、秘密箱の蓋にもう一つ仕掛けを見つける。

 蓋の側面を押し出し、傾けながら振り下ろす。すると、狭く細長い隙間から名刺が滑り落ちくる。

 名刺には『ちむなはちなちひ~ついつか再会しよう』の暗号文と連絡先が書かれている。

 迷うことなく、すぐさま連絡先に解錠を報告する。

『秘密箱を開けた。手紙は確かに受け取った』

『早すぎる……お前、ズルしてないか?』

 間髪入かんぱついれずに返信が来た。焦り顔が目に浮かぶ。

『文芸部に入って、いい友人ができたんだ』

 それから、海野うみのさんのいる日常、互いの部活動や勉強について小一時間やり取りした。

『じゃあ、文化祭でな』

 大翔はそう締めくくり、締め切り間近の執筆作業に戻っていった。

 それでようやく肩の荷が下りる。合格発表日以来の不安は完全に消えて無くなった。

「それもこれも海野さんのおかげだ……」

 秘密箱のお礼を何か考えようとしたそのとき、黄昏時の裏路地でよく見えなかった海野さんの表情や様子がふと、どこかぎこちないように目に浮かぶ。

 返答の直後にお礼とお別れを告げるのは、話を切り上げたようにも感じる。

 思い返せば『普通ふつうが一番』を望む話は、理想的りそうてき普通ふつうに関わる根拠ではないのか。

 すると、第一感は、海野うみの陽葵ひまりという人の行動原理をも否定したのではないか。

 ――言い知れぬ嫌な予感は当たり、思わぬ事態に後悔することとなる。

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