第一章 第2話

 翌週月曜の放課後、海野さんから開口一番かいこういちばんに謝られる。

「森峰くん、ごめんなさい。秘密箱ひみつばこは開けられなかったよ。振るとかさかさ音がするから、紙か何か入っているみたいだけどね……」

「試してくれてありがとう、海野さん。案外、友人のごとが書かれていてもおかしくないから、開かなくて良かったのかもしれない」

 海野さんは目をしばたたかせて少し驚いた様子だったが、何事もなかったように部室の準備を提案する。

 部室の入口を見て左手の引き戸を開け、立てかけられた座卓ざたくを二つ、和室の窓辺に展開する。海野さんは座卓に着くなりルーズリーフと筆箱を取り出したので、それにしたがう。

「さて、今日は普段の活動について話し合いたいけど……その前に、森峰くんにクイズ!」

 一瞬、部室の使用日を振り分ける話でもするかと思ったら、見当違いもいいところだった。

「わたしは秘密箱さんの性別を知っているでしょうか? 直感ちょっかんで答えていいからね」

 性別を聞いてどうなるのか。とりあえず、言われるままに答える。

「答えは、知らないかな」

「正解! すごいね! 良かったら理由も教えて」

「まあ……声も中性的で、髪も長いし、いまどき制服じゃわからないと思った。海野さん、合格発表の日のことを覚えているでしょ」

核心かくしんを突かれたなぁ……うん、覚えているよ。あの人が秘密箱を森峰くんのバッグに入れるところを見た。そのあとのこともね」

 海野さんは白紙のルーズリーフに目を落として沈黙ちんもくする。

 その姿を見て、友人について話すのが早いと思った。海野さんと同じく白紙のルーズリーフに目を落として口を開く。

「あいつは空閑くが大翔ひろとって男だ。小中と仲が良くて、くぬぎ高校も同時受験した。秘密箱を用意したってことは、合否もわかっていたんだと思う。なのに、大翔が落ちるなんて考えもしなかったから、立つ鳥あとにごしてしまった。後腐あとくされた。それがあの日の顛末てんまつだよ」

「森峰くんは、また会いたいと思う?」

 顔を上げると、海野さんの真っ直ぐな目にたじろぐ。

「……会えるなら、会いたいよ」

 そう言うと、海野さんは柔和にゅうわな笑顔ではげましてくれた。

「なら、きっとまた会えるよ」

 そのとき、ようやく、大翔がいない日常が……海野さんがいる文芸部員としての高校生活が、すでに始まっていると気づいた。

「普段の活動について話そうか。出雲先生は各々で決めるように言っていたけど、普通ふつうはどうなんだろう? やっぱり、毎日執筆とか?」

「いいね。海野さんがやるなら、毎日執筆するよ」

「お、おお……っ! 普通なら、毎日執筆ね! その場合も考えてきたよ」

 海野さんはルーズリーフに何かをスラスラと書き始める。

 執筆しっぴつ感想会かんそうかい自由時間じゆうじかんに、それぞれ開始時刻と終了時刻の空白が設けられると、海野さんはシャーペンを置いて、ルーズリーフをこちら向きに見せてくれる。

「わたしからは、この三つの活動を提案ていあんするね。森峰くんの意見も聞かせてほしいな」

「提案に賛成さんせいするよ。一点、七限目の日が気になるけど、自由時間で調整する方向でいいのかな?」

「賛成ありがとう。自由時間はまさにその考え方だったよ。執筆と感想会は固定して、前後に自由時間を設けるのが良さそう」

 海野さんは話しながらルーズリーフの余白にメモを取る。

「七限目が16時20分終わりだから、16時半に活動を始めよう。どこの部活も18時半には帰り支度を済まるみたいだから、18時には終わりたい。さて、森峰くんなら、この1時間半をどう使いたい?」

「三等分にも二等分にもできるけど……実際に執筆してから判断したいかな」

「賛成! いまの時間は……そろそろ16時だね」

 海野さんと一緒に、ホワイトボードがある壁にかかった時計を確認する。

「仮に決めるなら、1時間半を三等分と二等分、森峰くんはどっちがいい?」

 時計を見ながら、執筆と感想会について考える。

 参考になりそうなのは、入試の記述問題と小学生時代の読書感想文くらいだった。どちらも得意な方ではなく、時間がかかった思い出がある。

「二等分かな……いや、等分とうぶん撤回てっかいしたい。執筆にかかる時間がまるでわからないから、執筆60分、感想会30分でどうかな」

「了解。執筆60分、感想会30分、と。じゃあ、あとは……」

 海野さんはメモを元に開始時刻と終了時刻を二分割してスラスラと書き終える。

「よし! 理想的りそうてき普通ふつうな時間割ができたね。この紙は部室に置いておこう。ところで、森峰くん。原稿用紙げんこうようしはある?」

「……そういえば、用意してこなかった」

「じゃあ、わたしのをあげるね」

 海野さんのカバンから、B4サイズ四〇〇字詰め原稿用紙が現れる。しくも読書感想文で使ったものと同じで懐かしくなる。

 海野さんから原稿用紙を五枚もらって、シャーペンを持ち、形だけは準備万端となる。

 しかし、肝心かんじんの内容は、16時半になっても思い浮かばなかった。

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