すべての猫が一生に一度だけ「人の言葉を話す」ことができる世界。
それぞれの猫が、それぞれの目的で、それぞれの相手に使う限られた奇跡。
猫飼い「かのこ」の飼い猫「ハイデルベルク」は、何を意図し、その機会をどう使ったか?
言語は意図を、想いを伝えるための道具ですが、思考のための道具でもあります。
人の言葉を使う瞬間は、猫も人の語彙で思考するのでしょう。
猫はまず猫の言葉で思考し、人の言葉で何かを伝えたいと思った相手に、人の言葉で思考した言葉を告げる。
その「一生に一度」が終わった後も、人の言葉で思考した記憶を、猫の言葉で思い返すこともありましょう。
短い中でも主人公達を好きになり、その未来の幸いを祈りたくなれるお話です。
こんな経験がある人、いらっしゃらないでしょうか?
道を歩いていて、突然猫から「にゃ!」とか話しかけられる。自分のことをじっと見ていて、何か言いたそうな感じはする。でも、「何を言いたいのかわからないよ~」と、妙にもったいない気持ちになった経験。
こういう時、猫の言葉が話せたらいいって思いますよね。過去に何度か猫に話しかけられた経験がありますが、結局用事はなんだったんだろうなあ、と何年経っても不思議なままです。
本作では、そんな想いが形を取ったかのように、「猫が人語を話せる」という現象が世の中に存在しています。
しかし、「話せるのは一生に一回だけ」という制約つき。
それでも、作中に登場している猫はずっと人の言葉を喋り続けています。「一回とは具体的にどこまでが一回なのか」と口にし、かなり流暢に人の言葉を話し続ける。
この辺りの妙な理屈がとても楽しく、ほのぼのとした気持ちで読みました。
世界観設定のオリジナリティもいいし、その先での「一回がいつ終わるのか」のルール設定も楽しかったです。
短い中で一個の世界が凝縮されていて、とても充実した読書体験の得られる作品でした。