三分間だけ透明人間になれる俺は女湯で心が読める女と恋に落ちる。

米太郎

第1話

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 三分以内に、ここから抜け出さないといけないのだ。



 のんびりしている場合じゃないのだけれども、どうにも出られない……。

 物理的に身体は動くはずなのだけれども、心がそれを拒否している。


 早く出ないと、社会的に抹消されてしまうかもしれないというのに。

 早く出ないと……。


 けど、やっと本番が始まったようなものなのに。

 なぜ出ないと行けないか……。



 この場所が、問題なのだ。

 ここが、どこかというと……。



 大衆浴場。

 いわゆる、銭湯だ。





 ――ちゃぽん。



 若い三人組の女性が湯船へとやってきた。

 そして、ゆっくりと湯へと入る。


 柔らかい水の音は、周りの壁に反響して心地よく俺の耳へと届く。

 その音が、三つ分。

 波のように、耳に響いてきて気持ちが良い。


 水の音と共に、熱い湯がこちらに波を打ってくる。

 その波が、俺の胸の辺りに寄せては返す。

 それを何度か繰り返す。


 その度に俺の鼓動は高鳴って、最高潮を迎えているのだ。


 先程まで、湯気で見えなかったが、近くに寄ってきた今なら見える。

 肩の後ろから覗く胸の膨らみ。

 その上部分だけだが、今なら見える。


 女性たちは湯に使っているから、突起部分こそ見えなかったが、綺麗な鎖骨がすぐ目の前にある。


 俺は、ごくりと唾を飲む。



「ふぅーー。あったかーーい……」

「はぁーー……。ごくらく、ごくらくーー……」

「一日の疲れが吹き飛ぶよねーー……」



「「いい湯だなー♪ ‌あ、声揃った!」」


「「「ははは!」」」


 近所のOLさんだろうか。

 金曜日の銭湯では、若い女性たちが楽しそうに湯に浸かっている。



 そう、ここは、女湯。


 裸のお姉さんたちが、疲れを癒す場なのだ。


 そんなところに、なぜ男の俺が入っているのか。

 それも、誰にも見つからずに、咎められずに。


 何故と言えば、答えは簡単。



 俺は今、透明なのだ。



 誰にも見つからないで、好きなところに入れる。

 それは、世の中の全ての男たちの夢である。


 透明人間に、俺は今なっているのだ。




 ◇



 俺も生まれた時から透明人間になれたわけではない。

 つい最近、透明人間になれたのだ。

 なれた時には、自分史上最高に、打ち震えていた。


 最初透明になった時には、自分が死んでしまったのかと思ったが、透明になれていると分かった。

 自分の部屋の中で、驚きと同時に喜びの声が響いていた。


「うぇーー……、俺死んじゃったのか……いや、声が出る……! ……‌見えないだけだーー!!!」


 俺は部屋の中で、透明のまま踊り回っていた。




 第二次成長期が訪れるタイミングで、『異能力』に目覚める者がいる。



 数年前、地球温暖化により、北極の氷が溶けたとかで、未知のウイルスが蔓延したのだ。

 そのウィルスは、人体にあらゆる影響を与えた。


 身体が岩のように硬化する者。

 皮膚が尋常じゃないくらい伸びるようになる者。

 超人的な脚力を手に入れる者など。


『異能力』が発見され始めたのだ。

 初めのうちは、身体的な特殊能力を発揮するものが発見された。


 これが、後の世に言う『第一次異能力ブーム』が到来したのだ。



 その後、どんどんと異能力が見つかっていった。

 身体に現れない能力は、身体的能力よりも分かりにくく、発見が遅れた。


 いわゆる、『超能力』的な能力である。

 人の心を読んだり、テレポーテーションをしたり。

 未来を予知したり。


 このような能力が見つかったのが、『第二次異能力ブーム』だ。


 どちらが能力に分類されるのか、どちらが良いか等など、テレビでは異能力の話題で持ち切りになったりした。



 そして、そこから10数年。

 最近起こり始めたのが『第三次異能力ブーム』。


 異能力に目覚めた者同士の子供に、異能力が宿ったのだ。

 それも、親の異能力を掛け合わせた形で能力が発動されたのである。


 当初は、新種のウィルスの仕業かと思われていたが、明らかな『傾向』が見て取れたのだ。

 親の能力にとても類似する能力であったのだ。



 そして、発現時期も明らかになりつつあるが、今の現状だ。

 異能力が目覚めるのは、二次成長期なのだ。



 第二次成長期を迎えた俺にも、異能力があることが分かったんだ。


 まさかとは思ったんだが、俺はこの能力を手に入れた。



 透明になれる能力。


 これは、世の中の全ての男が憧れる能力。

 まさかそんな能力が俺に与えられるなんて、夢にも思わなかった。



 俺の父親は、身体の色を自由に変えられる能力。

 ただ色を変えられるだけなのだ。

 ボディービルダーのようにガタイが良い親父は、「日焼けサロンに行かなくていいぞ!」と、お気に入りの能力らしいが、大して役に立たない。


 節分の時の赤鬼役を進んでやったりもする。

 マッチョな身体に、綺麗に赤色が塗られていくように変わるので、本当の赤鬼になったような怖さはあった。




 一方で、俺の母親は光を操る能力だ。


 辺りを照らすように、光の玉を出せるのだ。

 停電した時は、とても助かったりした。

 暖かいような、母親の光。

 小さい頃は、俺を寝かしつける時に電気代わりに使ってくれていた。

 ゆっくりと、弱めて行く光に、俺は落ち着いていったのを覚えている。

 段々と暗くなって。

 光が消える間に、俺は寝ついていたりした。



 姉は母親の血が濃かったのだと思う。

 母親寄りの異能力だった。

 光を出せると思ったら、その色を変えられたのだ。

 親父の能力が一部入った形だ。

 複数の光を出せて、花火のように複数の色をキラキラと光らせたり出来た。

 それはとても幻想的だった。



 俺も能力が発動するとしたら、姉と同じような能力が発動するものだと思っていた。

 だけど、きっと俺は、親父の血が濃かったのだと思う。


 俺は、自分の身体の色が変えられたのだ。

 それも、母親の光の能力を追加した形で。


 つまり、透明になれたのだ。



 俺は、この能力を手に入れたことを、親父だけに話した。

「親父の子供で本当に良かった」と親父へと伝えて、熱い抱擁をしたよ。

 親父も「でかしたぞ!」と褒めてくれたっけ。



 そして、この場所。銭湯に至るわけだ。

 透明人間になれたらやりたいこと、断トツでナンバーワンなこと。

 それに、異論は無いはず。


 今俺のことが見えてるやつがいれば、羨望の眼差し一身に集めていたことだろう。

 しかし透明なので、そんなことは起きないのだ。



 そんな異能力だが、実は欠点がある。


 それが、俺がここから早く出なければいけない理由。


 異能力は、どの能力も便利なのだけれども、どんな異能力にも時間制限があるのだ。



 異能力を使える時間は、三分間。


 一日一度きり。




 どんな能力も、決まって同じ時間制限となっている。

 三分間だけなのだ。


 だからなのか、異能力が発見されても、世界はそこまで大きく変わりはしなかった。

 三分間だけでは、何も出来ない。


 だから、どんな能力のやつでも、今まで通りに勉強をして、良い大学を目指したりするのだ。



 ◇



 お姉さんの鎖骨を見ながら感慨に老けってしまった。


 短い時間だから、俺はお姉さん達が入ってくるギリギリまで能力は使わずに待っていたのだ。

 湯船に浸かる俺の事は、湯気のおかげで見えなかっただろうし。

 逆に俺の方からも、お姉さんたちが見えないという事情はあったけれども。


 だから、お姉さんたちが湯に入ってくると同時に能力を発動させた。



 それが功を奏して、今現在、お姉さんたちのうなじと鎖骨をとても堪能している。


 出来れば、もう少し膨らみ部分を拝めると嬉しかったが。

 そろそろ時間が無くなってきた。


 そろそろ出て行かなければ、元の姿に戻ってしまって、見つかってしまう。


 しかし、身体が出るのを拒む。

 出ねばならないのに。

 もう少し見ていたい。

 出来れば今見えていない部分を。

 もっと。



 そんな時、透明なはずの俺と目が合った少女がいた。

 歳は俺と同じくらいの高校生だろう。


 少女は驚いたことで、身体を隠していたタオルを落としてしまった。

 隠すべき身体が、あらわになった。



 歳の割にしっかりとした身体付き。

 スレンダーな身体に対して、膨らみは大きめ。

 かといって腹回りは痩せており、しっかりとしたくびれもある。

 そこから伸びる長い足。


 ‌俺は、目の前に現れたら、女性らしい身体に目が釘付けだった。



 眼福。




 俺の目は、カメラが連射をするかのように、自然と秒速5回の早さで瞬きをしていた。

 動きがスローモーションに見える。


 タオルを落としてしまった勢いで、膨らみが上下に揺れるところも、きちんと目に焼き付けた。

 身体の、どの部分も魅力的なのだが、俺は二つの膨らみに目が釘付けになっていた。


 そこから段々と、視線を上にずらす。


 身体だけでなく、顔というのも見たくなる。

 顔と身体は、セットのようなものだ。


 もし、顔も良ければ、身体の良さと乗算のように掛け合わされて、一気に魅力が倍増するというもの。



 目線を顔の方に移してみる。

 少女は、長い髪を頭の上に乗せて、タオルで包んでいた。

 髪の毛が邪魔にならない分、顔がはっきりと見える。

 小さめの顔に、整ったパーツが並べられている。

 大きい瞳に、形の良い鼻。


 メイクをしてないからか、少し幼めに見える。



 しかし、メイクをしてないのに、この高レベルな顔なのだ。



 身体とのバランスで言うと、とても良い。

 俺のタイプ、どストライクだ。

 ‌魅力の乗算は、綺麗にプラスの方向へと倍増した。


 そんな少女は、驚いている顔をしているようだった。


 ‌なんで俺と目が合うんだコイツは……?

 俺はまだ透明なはずだぞ……?



 目が合うとは思っていなかったため、驚いた俺は、少女の顔から視線を外して、下の方へと視線を落とした。


 ‌すると見える光景は、少女の身体だ。




 眼福。





 いや、驚いている少女の眼福を見つめるのも罪悪感がある。


 そう思い、視線を上に戻しすと、また少女と目が合う。



 俺は、また驚いて視線を下に落とす。




 眼福。




 また視線を顔に……。




 眼福が発生すると、どうも数秒前の記憶が飛ぶらしい。

 驚いた顔と眼福の間を、視線は何度も行き来した。


 そろそろ慣れてきたというあたりで、少女が俺のことを認識しているらしいことが分かった。



 大事になる前に、やはり、ここから早く抜け出さないと行けないぞ……。


 もうすぐ三分経ってしまう……。

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