第17話

 銭湯の側壁にいる俺と発育抜群女さん。

 そんな俺たちを取り囲んでいるお姉さんたち。


 俺と発育さんは、それをかき分けながら、浴室の入口へと向かう。



 かき分けて進むにあたって、どうしてもお姉さんたちの身体に触れてしまう。

 周りは暗闇なのだが、俺は触れた感触で、身体のどの部分が触れてしまっているのかが分かった。


 なんで分かるのかは、自分でも理解ができないのだが、「絶対にこの部位だ!」と特定できる自信があった。



 俺は、とある職人さんのことを思い出した。

 テレビで見た優れた職人さんは言うんだ。


「目で見なくても、手の感覚だけで分かる」


 職人さんは、余程その事に成熟していることだろう。

 その感覚こそが、職人と呼ばれる所以ゆえんだった。



 この理論が正しいのであれば、男はみんな、生まれながらの職人なのだ。


 だからであろう。

 俺は、見えなくても、身体の部位が分かった。


 ……絶対にそうだ。

 ……とっても柔らかい。




 そんな俺の心を読んでるのか、読んでないのか分からないが、発育抜群女さんがツッコミを入れてくる。


「こんなところで楽しんでないで、早く逃げますよ!」

「……お、おう!」


 お姉さんたちも、俺たちに協力してくれているようで、俺が触れると、すぐに道を開けてくれた。

 ……ただの痴漢だと思われてないといいのだが。



 俺たちが逃げていく中で、調子の外れた鼻歌と、下手くそになってしまったボイパと、黄色い声援が暗闇を満たしていた。



 その中で、俺と発育さんは無事に浴室を無事に出ることに成功したのだった。




 浴室の外には、目が光っていたお姉さんが立っていた。

 親指を立てて、こちらを向いて笑った。


「良い歌だったよ! ‌二人とも最高!」


 もちろん、そのお姉さんも裸なわけだけれども。

 それは、もはや相手の身体を見るのはお互い様という雰囲気になっていた。

 もちろん、俺もお姉さんも、しっかりとお互いを見てから、お礼のお辞儀をした。



 そして、すぐに服を着て、銭湯を後にしたのだった。



 ◇



 夜の街を、二人で走る、

 春の夜は、少し肌寒いけれども、湯冷めしないくらい身体は温かかった。


 銭湯から十分離れたところで、ようやっと足を緩めた。


 ハァハァと膝に手をつく、俺と発育さん。

 服装は、二人とも制服姿。

 番台さんからは逃げれたけど、ここで警察に見つかったら補導対象だろうな。



 息が整ったら、街のメイン通りを離れて、裏道の方を歩く。


 夜の街を歩くのは、女風呂に透明人間で入るのと同じくらい悪いことをしてる気分がする。

 けど、発育さんと一緒なら、それでも良いかとい気分になる。



 歩いていると、発育さんの方から口を開く。


「一緒に歌ってくれて、ありがとうございました」


 どこまでも、まっすぐな発育さん。

 俺は、女風呂を覗いていたっていうのに……。


「俺の方こそありがとう。逃がしてくれて助かったよ」

「大丈夫です。何の問題もありませんよ。みんなで合意の元、混浴していただけですもん」



 俺に向かって、はにかんでいる発育さんは、抜群に可愛かった。


 さっきいた風呂の中では、なんでも気軽に雑談をしていたというのに。

 服を着たからか、少し壁ができたような気分だな……。



 夜の街は、とても静かだった。

 何を話せばいいんだろうと、急にわからなくなる。


「無事逃げ切れたんで、これで解決ですよね」

「そうだな」


 俺の受け答えも、なんだか壁を感じさせるような、そっけない感じになってしまう。


「あんなに気軽にいっぱい話しができて、それで、あんなに大勢の前で一緒に歌えて。私、すごく満足しています」


 今日の振り返りをされると、楽しかった時間がもう終わってしまうのかって思ってしまう。

 逃げることに精一杯だった時間もあったけれども、発育さんと一緒にいた時間はすごく楽しかったな……。


 変な気持ちでは無くて、素直にドキドキとワクワクも感じられた。

 あれだけ発育さんから逃げたかったのに、今は発育さんと離れたくないと思ってしまう。


「意外と私の歌は好評だったようなので、友達誘ってカラオケで歌っても良いかもですね」

「ああ、そうだな」


 こんなに素直な子に出会えるなんて、もう二度とないかもしれない……。

 こんなに心の中を打ち明けられる子に出会えることなんて、もうないかもしれない……。


 けど、なかなか言葉が出てこない。


 告白なんてしなくても良いのに。

 ただ、「もう一度会いたい」って言うだけなのに……。



 俺の異能力が『身体を見えなくする異能力』なんかじゃなくて。

『気持ちを見えるようにする異能力』だったら良かったのに……。



 俺は何も言えずに、うつむいて黙り込む。

 そんな俺に、発育さんは優しく声をかけてくれた。



「……大丈夫ですよ。声に出さなくても、気持ち伝わっていますよ?」



 顔を上げると、発育さんが優しく微笑んでいた。


「今、絶賛、心を読んでいますから」


「あれ……? ‌心を読む能力は、さっき使ったんじゃ……」



 発育さんは、人差し指を立てて、横に振る。


「ちっちっち。大事な時まで取っておいたんです」



 笑っていう発育さん。

 なんだか、未来が見える異能力よりも、先が読めるみたいだ。

 発育さんは、やっぱり俺に必要な人かもしれない。


「透明さんは、私にもう一度会う必要があるんですよ。まだ私の歌の感想を聞いてないんですからね。一緒にカラオケ行く約束、絶対に守ってくださいね!」


 緊張して声が出なくなった俺は、心の中で発育さんに返事をする。


「おう。わかった。約束は絶対守るよ」


 発育さんは、それを聞いて、うんと頷いてくれる。



 心の声が読めるなら。

 俺の正直な気持ちも、全部心の中で伝えよう。

 どうせ思ってたことが全部知られてしまうんだ。

 だったら、中途半端じゃなくて、きちんと全部伝えたい。


 二人で裸を見せあったように。

 発育さんが全部本音で話してくれてるように。

 俺の心の中も全部見せよう。



「発育さん。俺は、君のことが……」





 発育さんは、微笑んで聞いていてくれたが、途中から首をひねった。


「あれ……? ‌異能力の時間切れだ……。えっと、私のことが何ですって? ‌異能力、今日はもう使えないんで、直接言ってください!」



 発育さんは、本当に聞こえてなかったみたいで、「素直に気になるんです」といった顔を向けてくる。


 肝心なところが抜けているのも、この子の魅力なのかもしれないな。



「今思ったことが伝わらなかったのなら、しょうがない。今度カラオケ行った時に直接言うよ」


 俺はゆっくりと、歩き出す。



 春の夜風は、風呂上りには気持ちが良い。

 俺の歩きに合わせて、発育さんは俺の隣に並ぶ。


 そして、サクランボが寄り添うように、自然と二人で手をつなぐ。


「気になるんで、今言って下さいよ?」

「ダメダメ。これを言うのは、心の声が聞こえる時の方が良いんだよ」


「えぇー。なんですかそれ。ケチですねー」



 満月が明るい夜のこと。

 三分間だけ透明人間になれる俺は、女湯で心が読める女と恋に落ちたんだ。


 そんな冗談みたいな、不思議な話。




 三分間だけ異能力が使える世界。



 終わり。

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三分間だけ透明人間になれる俺は女湯で心が読める女と恋に落ちる。 米太郎 @tahoshi

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