第5話
透明になる異能力が解けたから、俺は周りの人から見える状態になった。
男である俺が、男性の脱衣所で裸でいることは普通だと思うが、それでも前部分を隠していないのは、少し恥ずかしい。
特に女湯から戻ってきた今は、下半身が恥ずかしい状態だったりする。
周りから見たら、男湯へ入る前という状態だし。
男湯へ入る前の脱衣所で、もうこんなに興奮しているのかと、見えるだろう。
走ってきたから、息もあがってるし。
先程、湯に浸かっていたから、身体も濡れてるし。
相当危ない奴だそ、今の俺……。
少し挙動不審になりながら、手で前部分を隠して、周りに気付かれないように浴室に向かって歩く。
そうしていると、急に声が飛んできた。
「おい! 風呂に入る前に、同性に興奮してる変態!」
……そんなヤツいたら、本当に変態だな。
声のした方を見ると、声の主と目が合った。
声の主は、さっき助けてくれた番台の子だった。
「うちは、そういう場所じゃないからな? お前、出禁にするぞ? なんか、興奮しすぎて汗もかきすぎだし……」
「あ、いえ。これは、違うんです。これは……」
さすがに、女湯から出てきたところですなんて言えないし。
俺は、口ごもってしまった。
番台の子も、呆れた顔で俺を見ながら言葉を続けた。
「同性に興奮するなとは言わないが、あまり良いことじゃないだろ」
番台の子にも、俺の前部分が見えてしまっているのだろう。
両手でも、隠しきれていないもんな……。
「うちはそういう店じゃないからな」
全く持ってその通りだけれども、何も言い返せない。
顔だけ番台の子の方を向いて、ペコッと頭を下げる。
「まったく。体もびしょびしょだし。浴室でちゃんと拭いて来いよ。……というか、まだ入ってもないのか?」
「そ、そうなんですよ」
何か受け答えしないと、怪しいから、とりあえず話だけは合わせておく。
「どこかで風呂に入ってきたような。体から湯気まで出してるし? 股間部分といい、息の荒げようとか、身体の濡れようとか見ると、まるで女湯から逃げ帰ってきたみたいな……」
……ゴクッ。
俺は生唾を飲みこんだ。
この番台さん、観察眼が鋭いぞ。
さっき女湯で助けてもらったことといい、この番台の子は勘がいいみたいだし。
さっきまでの味方が、まさかすぐに敵になるとは……。
「うーん。さっきの発育抜群女の言うことと合わせると、なんだか怪しいな……」
番台の子にバレるのもまずいんだが、今しゃべっていることが発育抜群女さんに聞かれてしまっていても、相当にまずいぞ……。
敵は二人。
「なんだよ、お前。急に目を泳がせて。お前本当に……」
番台の子は、こちらを疑いの目で見てくる。
疑いが、確信に変わってしまうのも時間の問題だ。
ちきしょう……。
いい思いをしたバツだな……。
うーん、何か言い訳でもしないと……。
俺と、番台さんは暫し見つめ合う。
一つだけ、策はあるのだが……。
それ以外思いつかないぞ……。
「……やっぱりお前」
ダメだ、時間切れだ。
背に腹はかえられない。
こうなったら最後の手段だ。
逃げるという手も思い浮かんだが、それは最悪の手。
ここで逃げ回るのは、自分が犯罪者だと言っているようなものだ。
ここは、逆に堂々とするべきなのだ。
例えば、ワニに噛まれた時は、決して引き抜こうとしてはいけない。
逃げてはいけないのだ。
これは、ワニとの戦いと一緒。
生死をかけた戦いだ。
やらねば、やられる。
やるしかない。
俺は、前部分を覆い隠していた手をどけて、番台さんの方に身体ごと向き直った。
そして、堂々と胸をはって、仁王立ちをした。
「俺は、これが通常だ」
やっていることは、ただの変態だろう。
興奮状態にある、前部分を女の子に見せつけているわけだから。
発育抜群女さんと、同じことをしているのかもしれない。
「え……、あ……、そ、そうなのか……」
今度目を泳がせたのは、番台の子の方だった。
男性の裸を見慣れているかもしれないのだが、臨戦態勢な状態は中々見ないだろう。
「けど……、えっと……、え、それが通常なのか?」
明らかに動揺している。
もう一押し。
「俺は、この状態から、もう一段階進化できるけれども、証拠としてそれも見せた方が良いか?」
俺がそう言うと、番台さんは、俺から目をそらしてしまった。
恥ずかしそうに、女湯の方を向きながら答えてくる。
「いや、大丈夫だ。……随分すごいものを持っているんだな。そんなもの、今まで見たことなかったから」
番台の子は、先程までの男勝りな口調から一転して、恥ずかしがる少女のような声色になった。
……そうですよね。
俺も、そんなやつ見たことないです。
番台さんは、先程の威勢のいい声色に戻って答えてきた。
「つい話しかけてしまった。すまん! いいものを見せてもらった! ありがとう!」
番台さんは、爽やかにそう言うと、最後に俺の前部分を凝視して目に焼き付けているようだった。
顔を赤くしながらマジマジと見ていた。
「発育抜群男に、発育抜群女……。世の中には、私の知らないことがたくさんあるんだな……」
そうつぶやくと、俺に笑顔を向けた。
「私が準備した良い風呂だから、ゆっくりしていってくれ!」
俺も、番台の子に力強くうなずくと、浴室へ向かって歩き出した。
もちろん、前部分は隠していない状態。
この作戦の欠点は、ここだな。
番台さんから姿が見えなくなるまで、堂々とする必要があるから、ずっと前を隠せない。
そのまま、臨戦態勢状態が見える状態で浴室に入る。
思った通り、周りからは、異常なものを見るような眼を向けられた。
俺が逆の立場でもそうするだろう。
この銭湯。
もう来れないかもな……。
浴室の入口付近で、小さい子が俺の前に立った。
そして、臨戦態勢を指さして言うのだった。
「パパ、このお兄ちゃんのすごいよ」
「しーっ! 見ちゃいけません」
子供のお父さんらしき人は、子供を抱えて浴室を出て行ってしまった。
……やっぱり俺は、もうこの銭湯、来れないな。
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