第10話

 銭湯の男湯で、発育抜群女さんと二人きりで湯に浸かる。

 発育抜群女さんは、ぴったりと俺の身体に密着して。

 そして、俺の腕を大事そうに抱えて、楽しくおしゃべりしている。


 どうして、こんな状況になったのか。

 説明ができる人がいたら教えて欲しい……。


「もう、いっそのこと。二人で銭湯を出てどこか行きませんか? お腹空いてきません?」

「……確かにな。今何時なんだろう? 時計もないんだな」


 日付をまたいでいれば、ワンチャン透明になって逃げることもできそうだけれども。


「まぁ、このままのんびりするのも良いかもですよね。明日は学校休みですし」

「確かにそうだな。俺も部活は午後から」


「部活入ってるんですか? 何やってるんですか?」

「バスケットボール部だよ」


「あぁー。なんだかわかります。良いですね。爽やかさんですね!」


 もはや、仲良くなりすぎてしまった気がする。

 なんでこんな状況で、普通に雑談ができるのか俺にもわからないが。

 なんだかこの子と一緒にいると、落ち着く。


 温泉で男女が身体を密着させているというのに……。



 発育さんは、俺の顔を覗き込みながら言う。


「今は休戦中ですしね。ご飯食べたら、一緒にカラオケとか行っちゃいます?」


 この子は嘘が嫌いで、隠すことも嫌いで、本音しか言わないというのは分かった。

 だから、この発言には裏なんて無いのだろう。

 単純に、誰かと遊びたいんだと思う。


 裸をさらけ出しても、気にしないでいれる人。

 言ってみれば、本当の自分をさらけ出しても気にしないでいてくれる人。

 そういう人を求めていたのだろう。


 そう考えると、この子はすごくいい子で。

 なんだか、愛おしく感じてしまうかもしれない……。


「なんですか、その目? 私、別に破廉恥なことを考えているんじゃないんですよ? カラオケでイチャイチャとか。そういうのするのは、エッチな人のすることですし」


 今の状態は、それ以上のことをしている気がするのだが。

 この子の感性を把握するのは難しい……。


「まぁ、俺で良いなら、カラオケ行ってもいいよ」

「やったーー! じゃあ、約束しましょ! 絶対に、私と一緒にカラオケ行ってくださいね!」


 嬉しそうに、身体をくねくねさせると、この子の発育が俺にボインボインと当たる。

 当たっては離れて。離れては当たって。

 押しつけられているだけでは分からなかった、発育の柔らかさを感じられた。


 ……本当に、なんなんだろうなこの子は。


「ふふ。裸を見せ合った人になら、『電波系ソング』を歌っても恥ずかしくないですからね。絶対一緒に行ってくださいね? 私、歌いたい曲がいっぱいあるんですよ」


 確かに一理あるかもしれないが。

 やっぱり、どこかずれているんだよな。

 裸の方が恥ずかしいだろ……。


 ……ん?

 ということはあっているのか。

 裸を見せ合ったから、『電波ソング』を歌うのは恥ずかしくないと。



 無邪気に笑う、発育さん。

 今言っていた『電波ソング』なのか、鼻歌を歌いだした。


 俺も知っている歌。

 確かに、カラオケで歌うのは恥ずかしい部類の歌だな。

 途中でキャラクターのセリフが沢山入ってくる歌なんだよな。


 そんなセリフ部分に差し掛かると、発育さんは控えめに口ずさんでいた。


 ちゃんとセリフ部分も一言一句覚えているんだな。

 感心した気持ちで発育さんの方を見ると、発育さんは頬を赤らめていた。


「……あれ? 聞こえちゃってましたか?……もう、恥ずかしいんですから、聞かないでください!」

「あ、そうか、ごめん」



 ……うん。可愛い。

 恥ずかしがるポイントは、よくわからないが、可愛い。


 ……気にしないで欲しいと言うから、前を向いて聞き耳だけ立てておこう。



 俺も一緒に口ずさんだら、また恥ずかしがってしまうかもしれないが、それも見てみたいかもな。


 二回目のセリフ部分がやってきた所で俺も一緒にセリフを言おうとすると、浴室のドアが勢いよく開いた。

 番台さんの大きな声が浴室に響く。


「おい、覗き!! 望み通り連れてきてやったぞ! これでお前は終わりだ!」


 番台さんの声はするが、湯気で番台さんの方が全然見えない。

『望み通り連れてきた』とは、どういうことだろう。


 沢山の女性がいないと、完全な発育は見せられないと言ったから……。

 もしかして本当に連れてきたなんてことないよな……?


 もしくは、俺を現行犯で逮捕しようとして警察を連れて来たなんてことがあるかもしれない……。

 けれども、この状況。

 男湯に入っているこの子の方がアウトになってしまうのではないか……?



 湯気の奥に人影がいくつも見える。

 本当に沢山連れて来たようだった。

 それらが近づいてくると、段々と姿がはっきりしてくる。


 そして、俺は負けを悟った。



 番台さんは、本当に沢山の女性を連れて来たようであった。


 そして既に皆が、一糸まとわぬ姿であった。

 何故か、番台さんも一緒になって裸姿になって女性たちの先頭にいた。


「これで、私たちの勝ちだ! 発育抜群男、あらため、覗き男! 観念しろ!」

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