第9話

「うんうん。わかるわかる。やっぱり風呂上りはコーヒー牛乳だよね」

「そうですよね! ‌わかる人がいて良かった一!」


 和やかに話す俺と、発育抜群女さん。

 休戦しようと言ってみたものの、こんなにフレンドリーに話すことになるなんて思ってもいなかった。


 この子は人懐っこいというのか。

 何も考えていないのかと思ってしまう。


「ちなみに、どこのメーカーのコーヒー牛乳が好きですか?」


 俺のすぐ隣で、ニコニコと笑いながら雑談を続ける発育抜群女さん。

 俺が逃げないように、しっかりと手を握っている。

 けど、そんなに強くない力で。

 柔らかい手の感触が、可愛く感じてしまう。


 もう逃げられないのは、わかっているが。

 俺は、どうなってしまうんだか。


 そう思いながら、入口の方に目をやるが、番台さんが帰ってくる様子は無かった。


「どうしたんですか? ‌入口の方なんて見ちゃって。ちゃんと、私の方を見てなきゃ」


 発育さんは、さらに身体を寄せてきて、腕まで絡め始めた。


「逃がさないからね!」


 そういいながら、発育を押し付けてくる。

 もはや、俺の頭では処理しきれないのだが。

 覗きを捕まえようとしているんだよな、この人は……。


「ふふ。覗きって、私初めてだったんですけれども、なかなかなものですね!」

「……その発言、結構アウトな気がするけれども」


「だって、そう思わないですか? ‌してみて良かったでしょ? ‌いろんな人の裸を見ると興奮も倍増って感じですよね」



 ニコニコと笑いながら、そう言ってくる発育さん。

 純粋にエッチな子の発言なんだよな。

 この発言といい、実際の行動といい……。


「ねえ、そう思いますよね。発育抜群男さん!」


 語尾にハートマークでもつきそうな感じの、甘い雰囲気で言ってくる。


「……」



 俺は敢えて答えなかった。

 ここで迂闊に答えてしまって良いものなのかという考えが頭を巡った。


 もしかすると、俺は新しい心理戦を仕掛けられているのかもしれない。

 思考を停止させた状態を作り出したうえでの、誘導尋問。

 俺の自白を引き出そうとしているのかもしれない。


「私だけなのかなー。やっぱり、生まれたままの姿って、良いと思うんですよね」



 俺が答える前に、発育抜群女さんは語り始めた。


「私、嘘をつくっていうのがすごく嫌いなんですよ。本当のことを包み隠しちゃって」

「……お、おう」


 話しの意図が分からないので、一応相槌だけ合わせておく。


「私、化粧っていうのも嫌いなんです。あれは、偽りですよ。ちゃんと本当の顔を見てもらわないと」

「うんうん」


 誘導尋問じゃないのか?

 俺の思い過ごしか?


「服を着るっていうのも、嘘をついているみたいで嫌いなんですよね」

「……いや、服は着なきゃダメだろ。法律的にも」


 ……やっぱり、この子は露出狂なのかな。


「そうですよね。だから、私もちゃんと服を着ますけれども。こういう銭湯でみんな裸でいるの好きなんです」

「……そうなんだ」



「もっと、共感してくれてもいいんですよ?特にいやらしい意味は無いんです。裸を見せ合って初めて仲良くなれるなって思うんです」

「……そ、そうだよね」


 共感しろっていうから、一応そう答えておいた。



「ふふ。わかってくれますか? ‌じゃあ、あなたと私は友達になれそうですね。あ、けど、まだあなたの発育を見ていないので、あなたが発育を見せてくれればですけど」


 なんだか、この子はすごく素直な子なんじゃないかと思えてくる。

 もしかすると、人の心を読む能力によって、人の悪意をいっぱい聞いてしまったのかもしれない。


 本音と建て前を使い分ける人が多いから。

 そういうものをなくして、本音で話せるような人を求めているのかもしれない。



「じゃあ、休戦中ですけれども、見せてくれますか?」

「……」


 ニコニコと可愛い笑顔を向けてくる。

 この子が俺の発育を見ても、俺が覗きだって特定はできないだろう。


 それであれば、見せて良いのか。

 どうなんだ……?


「大丈夫ですよ。大きくても、小さくても。それがあなたなんです。自信を持って!」


 なんだか、励まされている。

 勇気が湧いてくることを言ってくれるが。

 番台さんが言うには、俺の発育はすごく大きいらしいし……。


 逆に、この子がびっくりしてしまうのでないか。

 けど、どうなんだろう。


 急に緊張してきたな……。

 この子のワクワクした気持ちを、台無しにしたくないし。


「……もしも、俺がどんな奴だとしても、君は友達になってくれるか?」

「もちろんですよ。たとえ覗きだとしても、大丈夫です。むしろ私はウェルカムです」



 その言葉が本当だとしたら。

 この子になら、見せても良いのかもしれない。


 俺は決意を固めつつあった。

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