第3話
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
風呂上がりの牛乳の補充。
それも、大事な仕事だ。
私は、銭湯の番台として働いている者。
そうは言っても、現役の女子高生ですけれども。
それも、バイト的なものだけど。
少し年季の入った銭湯の一人娘である私。
元々親父がやっていたんだけれども、最近は腰が痛いと言って動けなくなってしまったんだ。
昔ながらの職人気質な親父。
機械なんて導入せずに、全部手作業でやってたりした。
そのツケが回ってきたんだろうな。
今どき、そんな手作業ばかりの運営は耐えられないよ。
身体が持つわけない。
しょうがないから、私が銭湯の運営を手伝うことにしたんだ。
浴槽、床、壁の掃除。
風呂桶の掃除。
排水溝の掃除やら、裏のボイラーの調整なんかも私がやってる。
それが、学校へ行く前の日課になってる。
親父の跡を継ぐ意味も込めて、全部手作業だよ。
かなりしんどいけどさ、これが親父の仕事なんだって思って。
女子高生に何やらせてるんだか、親父ってばさ。
早く元気になれよな。
まったくさ。
そんな親父が見てた風景を私は最近見てるんだ。
番台から見える風景。
それも、案外悪くないんだよな。
◇
学校からの帰り道。
家には寄らずに、すぐに銭湯へと行く。
私が学校に行ってる間は、お袋が番台をやっててくれる。
女湯の方から入っていき、お袋に話しかける。
「お袋、変わるよ」
私がそう言うと、お袋は優しく微笑んでくれる。
「そうね。ちょっとお願いしてもいい? お父さんの様子を見に行ってくるわね」
「おう。親父によろしく! 今日も良い風呂屋にしておくぜ」
私が答えると、お袋が番台から降りてきて、場所を交代する。
お袋は手早く身支度を整えて、風呂屋を後にする。
お袋が出る間際、手を振ると少し笑顔で答えてくれた。
なんだかんだ、お袋は親父のこと好きなんだよな。
お袋を見送ると、私は腰を据えて番台へと座る。
銭湯は、準備こそ大変だけど、やりがいはある。
銭湯に入る人達の、スッキリした顔が拝めるから、私は好きだ。
疲れたサラリーマンも、OLも。
ガテン系な土木作業員だって、みんなみんな、銭湯に浸かったあとは、穏やかな顔になって帰ってくる。
今日は学校から帰るのが遅くなってしまったからな。
もうすぐ混む時間だ。
番台に座っていると、ガテン系の体格の良い男性が話しかけてきた。
「おぉ! 今は若い番台さんの時間か! 今日も気持ち良かったよ!」
「おう、当たり前だぜ。私の家の自慢の銭湯だからな!」
爽やかだよな。
ああいうの、見ると心がスカッとするぜ。
基本、話しかけてくる奴は真っ裸だけれども、そんなのは見慣れるからな。
裸の付き合いをして、なんぼだから。
うん、爽やか。
役得というヤツだよな。
別に何とも思わないけれども。
『眼福』という言葉が、思い浮かぶな。
良いガタイを拝めるだけで、十分良い仕事なのに。
女性脱衣所からも声が聞こえてくる。
「あぁー、フルーツ牛乳良いよねー。私もそれにしようかな」
「やっぱりこれよねー。最近なかなか見かけないけど、ここにはあるのよね」
女湯だと、フルーツ牛乳の売れ筋が良いんだ。
そうそう。
混む時間に備えて準備をしておかないとな。
私は、最近異能力に目覚めたんだ。
私の異能力は、未来を予知すること。
三分間だけだけど、未来が見えると牛乳の売り切れを防げるんだ。
脱衣所のスペースには、置いておける量が限られてるからな。
裏から持ってきて補充しないといけないんだ。
私の予知能力を使うと、そのタイミングが分かるんだ。
よし、今日もそろそろピークの時間が来るからな。
異能力を発動させよう。
未来の様子が、頭の中に浮かぶ。
今日の牛乳の売れ筋は……。
ん?
女湯から高校生くらいの女が出てくるけど、何やら動きがおかしい。
なんか、パントマイムみたいに何かを引っ張ってる。
頭大丈夫か、あいつ?
「私の裸を評価するあたりは、情状酌量の余地はあるけれど。現行犯で逮捕だからね」
そう言いながら、少女は私の元に来る。
なんだか関わりあいにならない方が良いかもな……。
「すいません! ここに、覗きがいます! 逮捕してください!」
バスタオルも巻かずに、全身をさらけ出しながら、手まで挙げてる。
さすが女子高生と言うべきか、ムダ毛は処理しているみたいだ。
片手を上げた、無防備な格好。
プルンと緩れる胸。
綺麗な脇からのグラマラスなボディーライン。
そいつが、真面目な顔でこちらを見てくる。
未来を見てる訳だから、視線をどこに移そうと相手からは気付かれない。
ついつい、身体のフォルムをマジマジと見てしまう。
かなり、生育が良いようだ。
羨ましいな……。
そんなことを思ってると、未来の光景の中で、周りの客が騒ぎ出した。
「覗きがいるの!」
「やだやだやだやだやだやだ!」
客がパニックになってる。
そうか、そんな申告してくるやつがいれば、パニックになるのは必然。
これは、不味いぞ。
タダでさえ、このピーク時がに一人で対応するのは大変なのに。
こんな虚言とも思える露出癖のある発育女。
先に行って、止めないと。
私が未来を見た、三分以内に止めないとダメだ。
未来は変えられる。
私は、番台を降りて、女湯へと入っていった。
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