第13話

 水の中で目的地を見失ったバッファローの如く、お姉さんたちがバシャバシャと水音を立てて右往左往していた。

 その中には、発育抜群女さんの姿もある。


「どこですかーーー!! どこ行ったんですか、透明さんーーー!!」


 見えない俺を捕まえようと、何もない空間を抱こうとして、空振りしていた。

 その動作を何回も繰り返して、一生懸命に俺を探しているようだった。


 その度に、発育抜群女さんの発育が三次元的に押し込まれては、元の形に戻ってという形状変化を繰り返していた。


 小さめのバランスボールが二つあるみたいに。

 押し込まれては、ボインと元の形状に戻っていた。




 意思疎通するためにも、心を読む能力を使ってくれと言っていたんだが。

 しょうがない……。


 俺は、三分以内にここを出ないといけないんだ。

 これが最初で最後のチャンス。


 先に安全圏まで行って、そこから発育さんを呼ぶことにするか。

 ここまでシナリオ通りに行っていたのだが、一部作戦を変更しよう。

 俺は発育さんを置いて、浴室の入口へと向かうことにする。



 ゆっくり動かずとも、俺が浴室の入口へ向かっていることは、誰にもバレていないようだ。

 番台さんを見ても、もともと俺がいた湯船の方向を向いている。


 番台さんは勘が良いと思ったが、ここは俺の作戦勝ちだな。


 俺は湯船から上がって、一歩一歩進んでいくと、三歩目あたりで、発育さんの声が浴室に響き渡った。


「あぁ、そうか!! 今、あの人は透明人間になっています!!」


 大きな声に、この場にいた全員足を止めた。

 静まり返る浴室内。


 俺の足音だけがピタピタと響いていた。



 全員、音のする方を向いた。

 つまり、俺がいる場所を向いたわけだ。


 俺の姿は見えない状態なのに、集まる視線が痛い。



 ……発育さん。そんな大声を出して、バラすようなことを言ってしまって。

 ……味方じゃなかったのか。もしくは、相当おバカさんなのか。



「皆さん聞いてください。覗きさんは、今皆さんが見ている目線の先にいます。ゆっくり近づいて捕獲しましょう」


 なんでか、発育さんが主導になって、俺を捕まえに来る。

 さっきと、約束が違うってもんじゃないのか……。


「透明さん。私は、あなたと一緒にカラオケに行きたかっただけなんです」


 もちろんそのつもりで、今頑張っているんだが……。


「私たちは、二人で裸を見せ合った仲じゃないんですか。一緒に逃げましょうよ! なんで一人で行こうとするんですか!」


 あの……、心を読む能力を使ってもらって、俺の意思を読み取ってもらいたいんだが……。



「これは、私に対する裏切りですか?」


 いや……。ここを逃げ切るために、まずは俺が出て行ってから……。

 それで、あとで落ち合う場所とかは、声に出さずに心を読み取ってもらえれば……。



「やっぱりあなたも、他の人と一緒です! 絶対に捕まえます!!」


 発育抜群女さんが先頭になって俺に近づいて来ていたが、その横に番台さんが並んだ。



「発育抜群女。やっと、目が覚めたか。あいつは、絶対に捕まえるぞ!」

「はい。絶対にカラオケに連れて行きます!」



 もう、姿が見えないとか、覗きだとか。

 そういう目的が変わってきている気がするが。


 俺の奥の手も、詰んでしまったのか……。

 位置がバレているなら、いっそ喋ってしまっても良いか。


 俺は、発育抜群女さんへと、声をかける。



「発育抜群女さん。俺の心を読んで、俺の考えを聞いてくれ」


 回りくどい作戦もできないくらい、真っすぐな心を持つ彼女。

 このくらいストレートに言わないと、分かってくれないだろうから。



「……それは、嫌です。今日は土曜日ですよね? 今日一緒にカラオケに行って、その時のあなたの心の声を聞きたいんです。電波ソング歌ってる私に対しての感想が聞きたいんです!」

「……いや、ちゃんと本音で感想言うし、むしろカラオケなんて今日じゃなくても、何回でも行ってあげるから」


「ダメです!! 口ではなんとでも言えますよ! そういう嘘で、私が何度騙されてきたことか」


「俺は、嘘は言わないから! 嘘だと思ったら、心を読んでくれよ!」


「ダメです! あなたのことが信じられない!」



 なんだか、修羅場のカップルみたいな言い合いをしているみたいな……。

 あの子を説得するのは難しいな……。


 番台さんは、にやりと笑みを浮かべていた。


「いいぞ、発育抜群女。このまま時間を稼げば、こいつの透明状態が終わるからな」


 くそっ……。

 どうすればいいんだよ……。

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