第20話
あの日の夜遅くに雑貨屋のおばちゃんは亡くなったと聞いた。もちろん、というのも変だが自分が悪いわけでは無い。むしろ多くの人は自分の行動を褒めてくれる。不法侵入なんてこの村には存在しないのだ。
それでも一抹の後味の悪さは残ってしまう。
あの時もっと早く救急車を呼んでいれば。薬なんて探すべきではなかった。
死人が出ている以上きっと完璧で最善な行動をとっていたとしても似たような感情になっていただろうとは思う。
おばちゃんの葬式は身内でひっそり済まされた。それもここまで罪悪感が心に巣食う一端を担っているいるだろう。
別に来るなと言われたわけでは無い。変に悩まずに足を運び焼香をあげれば吹っ切ることもできたかもしれない。少なくともそのきっかけにはなった気がする。
「せめて墓前に線香でも」
そう思いながらもベッドから動くことはなかった。
目の前に広がる求人情報は恐らく一番多い時期の一割にも満たないだろう。それに。
「どれにも魅力を感じないな」
どれも単純労働か事務仕事。今の自分が選り好みできる立場ではないことは十二分にはわかっている。実際那古野の居たままであればこれらすべてに連絡を入れていた可能性はある。
(帰ってきたのは失敗だったのかもな)
尻に火が付かないと動けないのかもしれない。
「純一、お客さん来てるぞ」
何をするでもなくベッドから外を眺めていると父に声をかけられた。
「客?」
地元に帰ってきている以上周りは知人だらけだ。思い当たる節はある。しかし今になって会いに来る客人となると一気に候補は減る。
「ああ、下で待ってるぞ。早く降りて来るんだぞ」
「わかったよ。ところで誰?」
質問が終わる前に親父は一階へ降りていた。
階段を降りると玄関に一人の女性が立っている。
(何も玄関で待たせることも無いだろうに)
「こんにちは」
自分の姿を確認した女性は笑顔で挨拶をした。自分と同じくらいの年齢だろうか。黒のパンツスーツ姿で右手にジャケット、左手には紙袋を持っている。
「こんにちは。えぇっと……」
「母がお世話になったそうで、挨拶に参りました」
スッと笑顔を消し真面目な表情へと一瞬で切り替わった。
「母?」
「間藤さち。間藤雑貨店の女店主のところの娘です」
「申し遅れました。私、片桐裕子と申します」
「ああ、いえいえ自分は何もできないで」
二人の間を沈黙が支配する。
「ふふっ、純一君気が付かなかったか」
「……え?」
「苗字変わったからかな? 間藤裕子でも思い出せないかしら?」
昔の記憶を遡る。名前で辿るのではなく、間藤雑貨店の娘で探し出す。
「一応小学校から高校までは一緒だったんだけどね」
「申し訳ない。でもあれからもう10年以上経ってるし、許してよ」
記憶が正しければ同じクラスになったことは一度もないし学校から家の方向も逆。12年間で話した回数も片手の指で収まる程度だろう。
「そうだずっと玄関で話すのも何だし上がってよ。お茶くらい出すよ」
昔話に花を咲かせる。といきたいところだったが思っていた以上に学生時代の接点が少なかった。結局狭い村内で同世代であれば誰にでも通じるような他愛のない話で終始した。それだけでも多少の盛り上がりがあったのは不幸中の幸いだった。
「それじゃそろそろ失礼するね。長々とごめんなさいね」
「いや、せっかく帰ってきたって言うのに昔なじみの友人が見当たらなくて寂しかったところだったから。楽しかったよ」
「そう? 最後にお母さんのこと本当にありがとうね。最期を一人寂しく逝くことならなかっただけでも本当に感謝してるの。本当は私がやらなきゃいけないことだったから……」
彼女を目を伏せこの日一番寂しげな表情をした。
「じゃあね、私はしばらく村にいるから遊びに来てね。と言っても何のおもてなしもできないし、つい最近人が死んでるところなんて遊びに行きたくないよね」
反応に困る冗談を口にしながら扉に手を掛ける。
「そういえばさ、お母さんのことなんだけどね?」
「うん?」
「いや、やっぱりいいや。純一君この村に帰ってきたばかりだし。それに……」
「え? 何さ、気になるんだけど」
「本当に何でもないの。ごめんね」
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