第14話

久しぶりに学校に来た気がする。実際は一週間も経っていない。

いや一週間学校に来ないかったことは正月くらいだったかもしれない?

長期休暇でも娯楽の少ない村でほとんど遠出もしない我が家では遊びに行く場所と言えば学校くらいしかない。

別に不満というほどではないが少し他の家が羨ましくもある。ただ家族で旅行に行くより友達と遊んでいるほうが楽しい。つまり自分もかっちゃんと同じように友達が旅行に行ってしまって一緒に遊べないのが不満なのだろう。

最も「裏切者」とまでは思いはしないが。


しかし今日の学校は一段と静かだ。学期中は当然として夏休み始まってすぐの間は長期休暇とは思えないほど生徒が遊び回っていたが、今は物音ひとつしない。

普段人が多い場所がガランとしていると全く知らない場所に迷い込んだような不思議な気分になる。


ここ最近は夏休みの宿題尽くしで忘れていたがニワトリたちのことを思い出す。特に学校から連絡がなかったことから問題無かったと思い込むようにしていたがいざ対面するとなると必然的に全身に力が入る。

しかし時間が経ったおかげで今すぐここから逃げ出したいというような危機迫った感じはしない。


8月も中旬に入り暑気もかなり落ち着いている。去年い比べると「暑い」と思う日は少なかった気がする。今日も日陰に入ると半袖だと少し肌寒く感じるほどだ。

暑くはないが日差しがきつい。校舎沿いに影を伝いニワトリ小屋まで歩く。

乾いて白っぽい土とデコボコのアスファルトからはゆらゆらと陽炎が舞っている。

肌が感じる気温と目で見る暑さに差があり夢の中のようなギクシャクした感覚に襲われる。もしかしたら本当に夢の中なのかもしれない。


ニワトリ小屋に近づくと餌の独特の匂いが鼻に届く。今まではこの匂いも好きだったのだが今では不快感のほうが強い。

「あれ?」

扉に近づくと少し空いている。昨日の担当者が鍵を閉め忘れたのだろうか? ボードを確認すると昨日も、一昨日も誰も来ていない。それどころか以前餌やりをしたのは自分だった。

「あれから誰も来ていなかったのか」

(死んでるかもしれない)

不謹慎だが少し安心した。これで少なくとも自分だけが責められることはないと思った。それどころか責務を果たしていたのは自分だけだったとも言えるのだ。


恐る恐る、来るべき衝撃的な絵に備えながら扉を開けると小屋の中はもぬけの殻だった。一度視線を小屋の外に戻して見たり、目をこすってみたりしたがどこにもニワトリはいない。

すぐに浮かんだ考えは「既にニワトリたちは死んでいてそれを見つけた教師が片づけた」というものだった。長期休暇中の連絡はクラスごとの連絡網に則って行われるが緊急性が無いと思われ連絡が行われなかったか。どこかで連絡が途切れてしまったか。数日前までなら不在の家庭も多かっただろうし不思議ではない。


それはまだマシなパターンの話。あるはずの鍵が無いことが別の想像をかき立てる。

野良猫などが侵入してニワトリたちを襲ってしまったということも十分あり得る。懸命に記憶を振り絞るが以前来た時に鍵をしっかり閉めたと言い切れない。ニワトリたちの不気味な様子が印象的過ぎて覚えていないのだ。

もしあの時鍵を閉めていなかったのであればこの責任は僕にある。

もちろん他の生物係にも責めるべき点はあるだろう。ただ死体が行方不明だと「餌やりに来たがニワトリが居なかったので表にサインしなかった」という言い訳が出来てしまう。


どうするべきか考えるが一向に解決策は浮かばない。

「そうだ、鍵さえあれば」

誰かが悪意を持って隠しでもしない限りこの近くにあるはずだ。落として棚の陰に隠れ居るかもしれない。鍵が見つかったところで具体的にどう事態が好転するかは考えていない。ただ悩むだけで時間を費やすことに耐えられなかっただけだ。


小屋の周囲をじっくりと観察したがそれらしいものは落ちていない。そもそもどんな鍵だったのか思い出せない。

「見ればわかるんだけどな……」

最新の記憶からゆっくりと遡る。本来であればあの日、ここに来た日まで一気に遡ればいいはずだった。しかしなぜか翔平の脳は別に日に集中している。


狭い山道。前を歩くかっちゃんに少し後ろを歩く長尾さん。そして前面に広がるゴミの山。それから無残に横たわるカラスの死体。

おかしい。もっと前の記憶のはず。にも拘らず懸命に思い出そうとしているのはカラスの記憶の前後。


「まさか……」

昔おばあちゃんが言っていた。

「カラスはね、光物が好きなのよ」

確かにあった。あのゴミだめの中に鍵が。似ているだけで別物かもしれない、いやその確率のほうが高いはずだ。


急いで校舎の正面まで走って戻る。もうこれ以上は無理だ。でもどこまで話せばいいだろうか。全部話したほうがいいに決まっている。それでもやはり怒られるのは嫌だ。先生にも、お母さんにも。

気温は大したことないはずなのに汗が止まらなかった。


急に走ったせいで脇腹が痛い。生徒用の玄関口は施錠されていて入ることが出来ない。中に入ることを諦めて職員室の窓まで行き大声で呼びかけた。

中にいたのは一人だけ。確か5年生を受け持っている初老の女性教師。事情を説明しようとしたが情けないほどに支離滅裂となって先生は困ったように笑っている。ようやく伝えることが出来たのは「ニワトリが居なくなっている」ということだけだった。


それでも先生は表情をほとんど崩さなかった。もしかして僕が早とちりしただけでやはり先生たちがニワトリを処分したのかもしれない。僅かに希望が見えたような気がした。

だがそれすらも勘違いだった。先生は僕を連れニワトリ小屋まで様子を確認しに行こうとしたのだ。

歩きながらも先生は暢気に僕の近況を聞いていた。「お盆はどこか行ったのか」「宿題はもう終わったのか」 僕は言い訳を考えながら一言二言で返事をしていた。


ようやく小屋まで着くと先生は億劫そうに屈んで中の様子を窺った。こんな時に僕は(大人にはこの小屋は小さいのかもしれない、だから高学年の人たちはこないのかな)と関係ないことを考えていた。そしてあろうことかそのことを先生に伝えることまでしていた。なんでそんなことをしたのかわからなかった。多分少しでも問題を先送りにしたかったのかもしれない。


「逃げちゃったかもね」

一分にも満たない時間だったがとても長く感じた。先生は小屋の周りに視線を移し棚にあるボードに手を伸ばした。

「あれま、みんな全然来てないじゃない。これじゃ逃げて正解よ。残ってたらそれこそみんな死んじゃうわ」

先生は初めて怒気を含んだ口調で独り言を口にした。

「僕は、その……」

「あなた翔平君でしょ? 偉いわね、全部来てるのね」

そういうと僕の頭を撫でた。

「あなたは何も悪くないわ。大丈夫よ」

先生が大丈夫と言ったのだ、僕はそう思い込みこれ以上考えないことにした。


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