第22話
薄暗い子供部屋にすすり泣く声だけが響いている
「ひっぐ……」
もう何時間泣いているだろうか。既に涙は枯れ喉も不格好な嗚咽を出すだけだ。
僕は弱虫だと思う。それでも一つ一つ歳を取るごとに泣くことは減ってきたと思っていた。小学校に上がる前は親戚のおじさんが怖い話をするたびに泣いていたが、今では怖いと思うことは変わらずともいちいち泣くことはなくなっていた。
普段はお母さんもお父さんも「男がメソメソするな」と𠮟るが今日は二人とも辛そうな表情をして何も言わなかった。
最初は悲しくて泣いていた。「もうかっちゃんに会えない」それだけで涙が止まらなかった。
人が死ぬということがどういうことかはわかっているつもりではあった。しかしそれはどこまで行っても知識であって経験ではなかった。
人が死ぬという出来事はあっけなく自分から友人を奪い、そしていつ他に人に降りかかってもおかしくないということが経験でようやく理解できた。
それがとても恐ろしい。
自分と友達が遊んでいるイメージからかっちゃんだけがいない場面を想像すると気分が悪くなる。このことをクラスの皆が知れば教室はどんよりと暗くなるに違いない。
しかしそれがいつまで続くのかも考えてしまう。まだまだ残りの学校生活は長い。そのすべてをどんよりと過ごすのかと思うとそれも違う気がする。
ではかっちゃんのことを忘れて楽しくい過ごすのかと思うとやはり負い目がある。
何が正しいのかわからない。
それにどうしても考えてしまう。かっちゃんはどうして死んでしまったのか?
両親も最初は教えてくれなかったが執拗に聞くと根負けしたお父さんは「風邪が酷くなって」と教えてくれた。
確かにどこかで風邪でも人は死ぬから油断してはいけないと聞いたことがある。
しかしあれだけ元気なかっちゃんが風邪なんかで本当に死ぬだろうか。
「特に体力のない子供や老人は風邪で毎年死人が出ている」と言うがどうしてもかっちゃんが風邪で死ぬ、それどころか風邪をひくイメージすらできなかった。
走り回ってばかりで怪我は絶えなかったが病気とは無縁だった。
もし風邪じゃなかったとしたら。
「呪い」そんなものないというのは簡単だ。目に見えないものは信じなければ存在しないのと一緒だと思う。本人が信じなければいいだけだ。
もし信じてしまったら、そこまで行くなくても「あるかもしれない」と思ってしまったら。そうなってしまうと「呪いなんてない」と口にするのは自己暗示に等しい。
今の自分はまさにこの状態だった。
もし、もしも呪いだとすれば何の呪いだろうか? 思考はどんどん明後日の方向へと突き進んでいく。そうしている間は少なくとも耐えきれないほどの悲しみを忘れていられる。
山の神様? そう考えると少し違和感を覚える。「神様の呪い」なんて言い方をするだろうか? 一番しっくり言い方で祟りだと思う。この二つの違いは判らないがたぶん山の神様ってことはないと思う。
それとも神様も呪ったりするのだろうか。しかしもし山の神がいてそして呪うのであればごみを捨てて行く人間も皆呪わているはずだ。
山での記憶で一番呪いが当てはまりそうなのはカラスに違いない。
死体を弄ばれたと思ったカラスの魂がかっちゃんを呪い殺した。そっちのほうがずっと現実的だ。
そうなるとまた一つの可能性が出てくる。
「自分も恨みの対象ではないか?」
僕自身は決してカラスの死体に触れていないし冒涜的な行動はとっていないと断言できる。だがカラスにその判断ができるのだろうか。
「ひっぐ」
想像が一巡りしたところでまた恐怖で喉が鳴る。
もし風邪などのように呪いも感染するとしたら? かっちゃんと関わりの深かった僕は当然呪われている。そして僕と関りのある人間も。
この日一番の恐怖が全身を包み込む。突飛な仮定をすると次の悲劇もより具体的な形をして想像を支配する。
自分もさることながらお父さんとお母さんまで……。
「どうすれば」
今の彼には妄想をより先に進めることでしか恐怖を薄める術はない。
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