CHAPTER 7 ENEMY RAID 敏捷なる襲撃者・ダルラグ


 3匹のダルラグ達は、エバンから視線を外さないままゆっくりと横方向に移動していた。

 獣が考えていることなどもちろん分からないが、おそらく様子をうかがい、襲い掛かる時を見定めているのだろう。ダルラグは貪ることしか考えない、単純で能がない生き物とは違う。こうしているあいだにも、確実にエバンを仕留める手筈を考えているはずだ。空腹から凶暴化しているのかどうかは定かではないものの、ダルラグ達は3匹とも凶悪な面構えをしていた。

 普段、ラスバルに向かうこの場所でダルラグが目撃された例など、エバンは聞いたことがない。

 だとすればきっと、あの3匹は餌を求めて遠方まで足を延ばしたのだ。飢えをしのぐためには、食糧を見つけ出さなければならない。人間も獣も同じことだ。

 何も食せずとも生きていられるのは、エバンが知る限りエルマくらいだろう。


「黙って喰われてやると思うなよ……!」


 いつでも振り抜くことができるように、エバンは剣を構えていた。

 彼の言葉に、もちろんダルラグは返事などしなかった。そもそも、そんなものは期待していない。

 3対1という不利な状況だったが、エバンは恐怖を感じているわけではなかった。戦争では、凶暴な獣や魔物が投入されて差し向けられることだってある。人間の兵士を相手にする場合はもちろん、こういった相手と戦う際を想定した訓練だって積んできている。

 とはいえ、多勢に無勢であるのは事実だ。

 囲まれてしまっては、ひとたまりもない。エバンは、1匹ずつ潰していく戦法を考えていた。

 どうにかして、遮蔽物のある場所へ誘い込めないものだろうか。そう思い、一瞬だけエバンは視線を逸らす。

 それが、ダルラグを刺激する行為となってしまった。


「っ!」


 様子をうかがうようにその場から動かなかったダルラグ達が、突如3方向へと飛び退いた。

 左、右、そして正面。エバンが対処しきれないように、それぞれ違った向きから襲い掛かるつもりなのだ。どれか1匹には対処できても、その隙を突いて別の個体が攻撃を仕掛ける。

 集団で獲物を仕留める際には、非常に合理的な手段に思えた。

 だがさっき宣告したように、エバンにも黙って喰われてやるつもりなど毛頭ない。

 迫りくるダルラグ達を前に、冷静に状況を見定め――まず3匹のうち、もっとも自分に近い距離まで迫ってきていたのはどのダルラグなのか、エバンは把握した。

 一番間近まで距離を詰めていたダルラグは、正面から襲い掛かろうとしていた個体。それを悟ったと同時に、エバンは逃げるどころか剣を掲げたまま姿勢を低めて前方へと突っ込んだ。

 ダルラグの牙と、エバンの剣。どちらが長いのかなど、考えるまでもない。

 全身の力を込めて突き出されたエバンの剣は、正面から迫っていたダルラグの頭部を一直線に貫いた。肉を裂き、骨を削る感触がエバンに伝わってきた。すぐさま剣を引き抜く、頭部を突き刺したダルラグが地面に崩れ落ちる様子に目もくれず、今度は右から迫っていたダルラグに向けて剣を振り抜いた。

 それはわずかに掠った程度で致命傷には至らなかったが、それでも気勢を削ぎ、後退させるには十分だった。

 1匹を倒し、2匹目はひとまず後退させた。

 だが、まだ安心できない。3匹目のダルラグがまだ控えている。

 左から襲い掛かろうとしていたそのダルラグに、エバンは向き直った。1匹目と2匹目に対処しているあいだに、最後の1匹がすでに攻撃態勢に入っていた。

 噛みつこうと、そのダルラグはエバンに向かって大口を開けて飛び掛かってくる。獣の口腔内には刃のごとき牙が無数に生え揃っており、汚く濁った唾液が周囲に飛散するのが見えた。

 2体目のダルラグにそうしたように、エバンは剣を振り抜こうと構え直したが、間に合わない。

 回避も防御もできないならば、せめて腕を盾にして受ける傷を最小限に留めようと思った瞬間だった。

 エバンの視界の外側から何かが現れ、ダルラグを突き飛ばした。それは、エバンが国から借り受けたあの赤茶色の軍馬だった。


「お前……!」


 自分を庇うように目の前に立つ馬に、エバンは呼び掛けた。

 彼(性別が雄だということは知っている)はダルラグに渾身の突進を見舞い、エバンを守った。

 馬に括り付けている装備には、傷を癒すための薬草も備えられている。治療することもできるし、多少の負傷は仕方ないと思っていたが、お陰でその必要もなくなった。

 エバンを振り返ると、馬は鳴き声を漏らした。


「手を貸してくれるのか?」


 獣にも臆せず立ち向かうあたり、赤茶色の馬は勇敢な気質の持ち主らしい。

 ロヴュソールから借り受けたばかりの軍馬だったが、どうやらすでにエバンを仲間だと認めてくれたようだ。思えば、さっき急に足を止めたのも恐れからではなく、ダルラグが潜んでいることを察知してエバンに危険を知らせるためだったのかもしれない。

 勇敢さだけでなく、突進でダルラグを吹き飛ばすほどの力も備えている。馬ではあれど、エバンにとって心強い味方であることは間違いない。

 孤独な戦いではないというだけで、安心感は大きかった。

 エバンに切り付けられ、負傷したほうのダルラグが再び襲い掛かってくる。しかし、馬が後ろ足だけで立ち上がって前足を激しく振り回し、大きな鳴き声を発して威嚇した。

 怯んだダルラグが動きを止める、その隙をエバンは見逃さなかった。


「そこだ!」


 横から近づき、エバンはダルラグの腹部に一気に剣を突き立てた。

 さっきは掠り傷止まりだったが、今度は致命傷となった。崩れ落ちたダルラグはしばらくもがいていたが、すぐに動かなくなって絶命した。

 3匹のうち、これで2匹が倒された。

 最後のダルラグは、やぶれかぶれのような様子でエバンに襲い掛かってきた。

 ただの人間であれば、獣が自分に向かって迫ってくれば恐怖心を抱き、背を向けて逃げ出したくなるだろう。しかしエバンは、恐怖心を抱くことも背を向けて逃げ出すこともなかった。

 獣を相手にする訓練を積んでいたし、獣よりもよほど恐ろしい魔物と戦った経験だってある。

 複数体を相手取るならば厄介だったが、馬の協力もあって他の2匹はすでに倒していた。最後の1匹くらい、物の数ではなかった。

 紙一重でダルラグの突進をかわし、すれ違いざまにエバンは剣を振り抜き、ダルラグの右後ろ脚を切断した。この調査に向けて手入れし直した剣の切れ味は、抜群だった。

 地面に倒れ込んだダルラグは、切断面から血を流しながらもがき、エバンを睨んで吠え続けた。しかし、そんなものは悪あがきにすらならない。


「お仲間をもっと連れて来るんだったな」


 エバンは剣をくるりと回し、逆手に持ち直した。

 そのままダルラグに突き立て、止めの一撃を喰らわせる。最後のダルラグも絶命し、エバンは襲撃者を返り討ちにしたことになった。

 静けさを取り戻したその場所で、エバンは今しがた仕留めた3匹のダルラグの死体に視線を巡らせた。

 

「それにしても、どうしてこんな場所に?」


 改めて疑問に感じ、そして嫌な予感がした。

 この場所は、ラスバルがロヴュソールに向けて荷物を運搬する際にも用いる道だった。そこにこんな獣がうろついているようでは、危険なのは目に見えている。

 十分な戦闘訓練を積んできたエバンだからこそ、3匹のダルラグを倒すことができた。しかし一般市民が襲われようものなら、当然ながら命だって危ういはずだ。そもそもあと数匹ダルラグが仲間を引き連れてエバンを襲撃してきていれば、今の戦闘だって結果が変わっていた可能性は大いにある。


「ラスバルが心配だな、早く様子を見に行かないと……」


 剣を振って刃にこびり付いた血を落とし、エバンは戦闘開始前に投げ捨てた鞘に歩み寄ってそれを拾い上げた。

 鞘に剣を収めたところで、馬が歩み寄ってきた。まるでエバンに甘えるようにその頭を寄せてくる。

 そこで、エバンは思い出した。

 今の戦闘にて、この馬は突進でダルラグを吹き飛ばしてエバンを庇っただけでなく、威嚇して攻撃の隙を作り出してくれた。彼の行動はエバンにとって非常に有用な助けとなり、勝利への架け橋となったといっても過言ではない。

 エバンは、馬の頭を優しく撫でて微笑んだ。


「いい子だ、お陰で助かったよ。ありがとな」


 エバンには、この馬の助けがなくてもダルラグ3匹くらいならば返り討ちにする自信があった。

 しかしそれでも、まったく無傷でとはいかなかっただろう。

 ついさっき国から借り受け、その背中に少しのあいだ乗っていただけの間柄だった。しかしそんな自分を身を挺して救い、助けてくれるとは、本当に勇敢で忠義者な馬だとエバンは改めて思った。なにかご褒美をあげたいと思ったが、馬が貰って喜びそうなものは持っていない。

 思えば、自分のための装備はあったが、この馬の備えはしてこなかった。 

 せめて、この馬の餌くらいは用意してきてもよかっただろう。一緒に調査に向かう仲間であるというのに配慮が行き届かなかったことが、エバンには申し訳なく思えた。

 馬の頭を撫で続けながら、


「ロヴュソールに帰ったら、人参でも奢らせてくれ」


 調査が終わったら正当な報酬を支払うことを、エバンは馬に約束した。





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