- 13 - 弔いと夜会
「もっと早く、この村の調査に来ていれば……」
エバンは墓標に跪き、村の片隅に咲いていた花をその前に手向けた。
オロルドロスを退けたエバンとルミアーナは、ふたりで村中を見回った。あの魔物は村の人々を残らず喰い尽くしたと言っていた。しかしもしかしたら、誰かが逃げ延びて身を隠しているかもしれない、どこかに生存者がいるかもしれないと思ったのだ。
しかし、誰も生き残ってはいなかった。
無事な建物や瓦礫の陰、調べられそうなところはおそらくすべて探した。だが見つかるのは血の跡や、粗雑に放置された人体の一部ばかりだった。それらを目にするたびに胸が締め付けられる思いだったが、調査を中断するわけにはいかなかった。
(村長も、村の人達も、本当にすまない……)
この村はやはり、魔物によって滅ぼされてしまった。村の人々に恩義があったエバンは、その死を弔わずにはいられなかった。
そして同時に、自責の念に心を蝕まれる。
オロルドロスの魔手が迫る前に、何かしらの手を打っていれば……たとえ全員ではなくとも、村の人々を助けることができたかもしれない。
「あなたのせいじゃないわ」
ルミアーナも、エバンの隣で跪いて花を添えていた。
オロルドロスと戦い、その後の村の調査を行っているあいだに、すでに夜になってしまっていた。しかしルミアーナが魔法によって彼女の杖を光らせ、明かりを確保してくれていた。
ふたりのそばで、赤茶色の馬が待機していた。不思議なことに、エバンとルミアーナが弔いを行っているあいだ、彼はまったく鳴き声を上げなかった。
◎ ◎ ◎
その後、エバンとルミアーナ、それに赤茶色の馬は焚火を囲っていた。
時はすでに夜、暗闇の中外に出るのは危険なので、この場で夜を明かすことに決めた。エバンは一応火付け道具も携行していたのだが、ルミアーナが魔法によって火を灯してくれたので、それを使う手間が省けた。
焚火が発する温かさを感じながら、エバンはルミアーナに経緯を説明した。
「そう、調査のためにこの村に……」
彼女は焚火を挟んで、エバンと向き合う位置に腰を下ろしていた。休憩の最中にも、ルミアーナは杖を手放していない。エバンも同じく、剣を手近に置いていた。再び獣や魔物の襲撃を受けた時のためだった。
「ラスバルとの連絡が途絶えた時点で、嫌な予感がしていた。この村との交易はもう絶対に不可能だ、陛下にどう報告すればいいのか……」
取引先であるこの村が滅んだ以上、取引が再開できるはずもない。ロヴュソールでは今、備蓄した食糧を流通させて凌いでいるが、それも永遠に続けていられるわけではない。
どうしたものか――焚火に照らされた地面を無意味に見つめながら、エバンはため息をついた。
「事情は分かった。もしかしたら……私達が何か、力になれるかもしれない」
エバンは顔を上げた。ルミアーナの銀髪や翼を象った虹色のブローチが焚火に照らされ、輝いているのが見えた。
「アヴァロスタに戻ったら私、何か協力できないか……学院長と話してみるわね」
その言葉で、エバンはルミアーナが特級魔術師だということを思い出した。彼女であれば、学院の最高指導者たる学院長に意見を提示できるようだ。
ロヴュソールと友好関係にあるアヴァロスタであれば、力になってくれるかもしれない。振り返れば、ルミアーナの協力なくしてはオロルドロスを退けるのは難しかった。今のエバンにとって彼女は、暗闇の中で見出した一筋の光のような存在だった。
エバンは頷いた。
「ありがとう、助かる」
疲れが込み上がったのか、エバンは思わず腹を鳴らした。
焚火の燃焼音に混ざっていても、それはルミアーナの耳に届いたらしい。彼女は何も言わず、ただ目を丸くした。
「とにかくこんな時間だ、飯にしよう」
エバンは焚火の前から腰を上げ、馬の背に括り付けた荷物へと歩み寄った。その中から袋を取り出す、そこには持ち込んだ食糧と水筒が入っていた。
焚火の近くに戻ったエバンは、ルミアーナに向けて袋と水筒をかざした。
「パンと水くらいしかないけど、分けようか?」
自分の分しか持ち込んでいなかったが、エバンは今となってはルミアーナに仲間のような気持ちを抱いていた。当初こそ彼女に警戒心もあったが、今となってはそれもだいぶ薄らいでいた。
見たところ、ルミアーナに食糧の備えがあるようには見えなかった。自分だけ腹を満たすのは道義に反するだろう。
「お言葉に甘えるわ。ちょっと待って」
エバンが再び座ると、それと入れ替わるようにルミアーナは立ち上がった。何かを思い出した様子だった。
彼女は、すぐそばの壊れた建物に入っていった。エバンが怪訝に思っていると、彼に向けて何かが放られた。赤くて丸い何かだった。
「っと……」
掴み取ったエバンは、それがすぐにトマトであると分かった。
続けざまにもうひとつ放り投げられ、エバンはもう片方の手でそれを受け止める。
「そこの倉庫にたくさんあったの。パンに挟んだら美味しいんじゃない?」
戻ってきたルミアーナの手にも、トマトが握られていた。
「美味しいだろうけど……村のものを勝手に食べてもいいのか?」
ルミアーナから受け取ったトマトを見てみると、熟していてちょうど食べ頃のようだった。
しかしながら、これは盗みなのではとエバンは思う。
「ここに置いておいても腐ってしまうだけよ。無駄にしないことこそ、村の人達へのためだと思わない?」
村を視察したことが幾度かあったから、農作業がどれほど体験なのかはエバンも多少は知り得ているつもりだった。
このトマトひとつにせよ、人々の計り知れない苦労の果てに生産されたことだろう。ルミアーナが言うように、このまま放置していては無駄になってしまうだけだ。
「そうだな……」
手にしたトマトに視線を落としながら、エバンは心の中で『いただきます』と唱えた。
ルミアーナの提案に則って、パンにスライスしたトマトを挟んで食べることに決めた。それにはまず、パンとトマトを切らなければならない。
馬に括り付けた荷物を探り、その道具を持ち合わせていないことに気づく。
「しまった、ナイフを忘れた……!」
背後から、剣を抜くような音が聞こえた。
ルミアーナが彼女の剣を抜き、逆手に持ち替えて柄をエバンに向ける形で差し出してきていた。
「私の剣、ナイフの代わりに使う? さすがにあなたの剣は使えないでしょう」
魔法使いのようだったが、彼女は剣も持ち合わせているようだった。
剣を鞘から抜く時や、それをエバンに差し出す時に逆手に持ち替える動作はとても手慣れていて、ルミアーナも剣技に覚えがあるようだった。途方もない時間を剣術の訓練に費やし、大人顔負けの剣術の腕前を有しているエバンには、それが分かった。
ルミアーナが言ったように、エバンの剣は血に汚れていた。
調理に使うには不向き……というより不可能だろう。
「ああ、借りるよ」
ルミアーナの剣を受け取ったエバンは、その軽さに驚いた。
彼女の剣はエバンのそれよりもよほど短かったが、それを考えても軽量で、そして美しい光沢を帯びていた。これならば女性や非力な人でも容易く持ち運びでき、取り回しも簡単そうだった。
調理に取り掛かろうとした時、赤茶色の馬が低く鳴き声を発した。
それでエバンはあることを思い出し、ルミアーナのほうを向く。
「あのさ……」
「どうしたの?」
エバンは、甘えるように頭を寄せてくる馬を撫でながら、
「さっきの倉庫の中にさ、人参はなかったか?」
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