- 27 - GREAT BOSS RAID 学院長・バルバーラ


 かなり難儀したものの、ルミアーナは奈落の花園から脱出することができた。

 その方法は至極単純なもので、ここに落とされた時の穴から逆に地上に出たのだ。もちろん、ザンディアの杖を使った。

 ゼノフィリウムの戦闘の時と同じように、思うように飛べたとは言い難かった。真の持ち主ではない者を拒むかのように、ルミアーナを乗せた杖はガタガタと揺れ動き、何度か転落しそうにすらなった。

 他人の杖に腰掛けて空を飛ぶ。

 自殺行為と感じる魔女も、決して少なくはない方法だった。正直なところ、ルミアーナも別の方法を模索したいとは思ったが、それ以外にこの場を離れる方法は思い至らなかった。

 こんな場所にいては、いずれ餓死してしまう。それ以上に、友人だった魔女達の亡骸が嫌でも視界に入ってくるのが辛かった。もっと早くこの場に来ていれば、助けることもできたのかもしれない。そう考えると、否応なく自責の念が込み上がる。

 彼女達が命を落とすことになった原因は、当然ルミアーナではなく、バルバーラだ。

 魔族の力を拒んだ――そんな理由で教え子達を裏切り、ここに突き落として魔物の餌にしたあの女こそ、真に非難されるべき大罪人だ。ルミアーナに非がないのは明白だったが、今の彼女には、そんなことを考える余裕はなかった。

 うず高く積み上げられた屍の前に跪き、目を閉じて冥福を祈った。

 その際に、『ごめんなさい』と力なく呟いた。それが、命を失くした魔女達に届けられる唯一の言葉だった。死してなお魔物の養分にされていた魔女達を、ルミアーナは命を賭して解放した。しかし、それ以上にできることは何もなかった。

 ザンディアの杖に腰掛けた時、ルミアーナは今一度魔女達を振り返った。

 可能ならば全員をここから連れ出して、丁重に葬りたかった。彼女達の家族の元へ、連れて行ってあげたかった。

 しかし、ルミアーナには到底その余裕はなく、断腸の思いで振り切ることしかできなかった。ゴミのように乱雑に放置された仲間達を見ていると、気がおかしくなってしまいそうだったのだ。

 ザンディアの杖で空を飛び、辛くも脱出することに成功した。

 非常にぎこちなく、危うい飛行となったものの、他人の杖で空を飛ぶのは十分に離れ業といえることだった。並みの魔女であれば、飛ぶことはおろか浮かぶこともできない。

 奈落の花園、そう称された地獄さながらの場所から生還できた。

 しかしルミアーナには、気を抜く猶予すら与えられなかった。


「はっ!」


 奈落の花園に続く大穴から抜け出て、学院の石畳に降り立った直後だった。

 横から何かの気配を感じて振り返ったまさにその瞬間、ルミアーナ目掛けて紫色の光弾が飛んできたのだ。他の魔女達が放つそれとは速度も威力も段違いで、回避するのがやっとなほどの強力な魔法だった。

 優秀な魔女であるルミアーナは、魔法を用いた攻撃の気配を察知する能力にも秀でている。

 だからこそ、今の光弾を察知してかわすことができた。彼女でなければ、直撃していただろう。

 目標を失った光弾はそのまま一直線に飛んでいき、そして学院の壁に着弾した。大きな爆発が起き、堅牢な石材で組み上げられた学院の壁が抉り取られ、周囲に瓦礫が飛散した。

 これほどの威力と速度を伴った魔法の光弾を繰り出せる者を、ルミアーナはただひとりしか知らなかった。


「ルミアーナ、あなたはなんていけない子なの……」


 巻き上がった砂埃で、その姿は見えなかった。

 しかし、声だけで誰なのかは分かる。一見穏やかに聞こえても、傲慢さと邪悪さが垣間見えるその声の主は、すぐにルミアーナの前に歩み出てきた。

 マントを翻しながらルミアーナは振り返り、ザンディアの杖を両手で強く握った。


「私が大切に育ててきたゼノフィリウムを……殺してしまうなんて!」


 邪悪な本性を、もはや隠す気もないようだった。

 自分を慕ってくれる女学徒達よりも、あのおぞましい花の化け物のほうが、この女にとっては大切なのだ。

 ルミアーナは、険阻な面持ちで彼女を……再度姿を現したバルバーラを睨んだ。バルバーラは笑顔の仮面をもはや脱ぎ捨てていたようだが、ルミアーナもまた、彼女に対する敵意を隠す気はなかった。

 大勢の魔女を、ルミアーナの友人でもあった者達を殺した張本人を、許すつもりなどない。


「お母様……どうか私にお任せを。彼女の魔力もとても美味しそうで、我慢ができそうにないのです……!」


 バルバーラの隣に、魔物化したアロスティーネが歩み出た。バルバーラとともに、彼女もルミアーナの追跡に現れたのだ。下半身が肉塊状の物体に埋まり、そこから伸びた腕と形成された巨大な口。何度目の当たりにしても、視線を逸らしたくなる姿だった。

 巨大な口は、その両端を吊り上げて不気味に笑っていた。

 ルミアーナという極上の馳走を目の前にして、食欲を曝け出しているように見えた。あれほどの魔女を喰らった直後だというのに、満足していないらしい。

 

「アロスティーネ……あなたが魔力に飢えているのは分かっております。しかし、今は下がりなさい。彼女は私が直々に始末いたします。今度また、たらふく食べさせてあげますから……」


 犬を宥めるかのように、バルバーラは肉塊に覆われたアロスティーネの下半身に指先で触れた。 


「はい、分かりました……」


 アロスティーネは下がった。

 やはり、魔物化してもバルバーラに対する狂信的な忠誠心は健在のようだ。


「どうかしてる……!」


 険阻な眼差しを向け続けるルミアーナの顔を、バルバーラは忌々しそうに見つめ返してきた。

 目の前をやかましく飛び回る羽虫を見るような、そんな目だった。


「ルミアーナ……あなたは私が非常に期待を寄せていた逸材でした。それにも関わらず、あなたは母の申し出を断った挙句、私の顔に唾を吐いた」


 本当にルミアーナがバルバーラの顔に唾を吐いたわけではない。

 しかし、バルバーラにとってはそれと同義なのだろう。

 

「終わりです」


 抑揚を欠いた声で言い放つ。

 バルバーラの右手が、ルミアーナに向けてかざされる。


「っ!」


 危険を察知したルミアーナは、すぐにでも逃げられるように身構えた。

 直後、バルバーラの放った光弾が襲い掛かってくる。先程と同様、女学徒が放つそれとは威力も速度も段違いで、比べ物にならない殺傷能力を伴った攻撃。自分の杖を失っているルミアーナには、防御という選択肢はなかった。今の自分に食い止められる攻撃ではないということを、瞬時に悟ったのだ。

 防御できないのであれば、回避するしかない。

 身構えていたのが幸いし、横に飛び退いて逃げられた。

 光弾はルミアーナを撃ち抜くことはなかったが、彼女のマントに風穴を開け、後方の石柱を打ち砕いた。一撃でも喰らえば、致命傷に繋がりかねない威力だ。

 追撃を警戒し、バルバーラに視線を移す。

 そこでルミアーナは、自分の目を疑った。

 バルバーラが、両腕を体の脇に下げて、その場に直立不動になっていた。


「ふふ、うふふふ……!」


 挑発としか思えない笑い声が、ルミアーナの耳に届く。

 わざと何もせず、弄んでいるのだ。

 すぐに終わらせてはつまらない。遊び倒し、いびり倒し、屈辱の底に叩き落してから殺す――そう考えているのだろう。


「っ!」


 ルミアーナはもちろん、この時を逃そうとはしなかった。

 ザンディアの杖を振り抜き、バルバーラに向けて光弾を次々と放つ。自分の杖ではない以上、本来の威力は発揮できない。それでも、傷を与えるには十分な威力を伴った光弾だった。

 自分の杖でなくとも、狙いは的確だった。

 ルミアーナが放った光弾は、すべてが的確にバルバーラに向けて飛んでいく。

 しかしバルバーラは杖も使わず、ただ前に出した右手だけで、全弾を遮断した。目に見えないほど薄く、透明な魔力の壁を作り出しているようだった。


「あなたの全力はこんなものなの? クリアンディエの買いかぶりかしら?」


 その後も、ルミアーナは光弾を放ち続けた。

 だが、そのすべてをバルバーラは遮断し、防いだ。その表情は涼しいもので、ルミアーナの繰り出す魔法が攻撃にすらなっていないことの証明だった。


(まさか、ここまでなんて……!)


 自分の杖ではないとはいえ、決して手加減などしていなかった。

 

「まあ、本来の力を発揮できないのも無理はないでしょうね……それもそのはず、それはザンディアの杖でしょう? だけど、あなたがもし自分の杖を手にしていたとしても、母に歯向かうことはできないのです……」


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る