- 22 - BOSS RAID 狂気の魔女・アロスティーネ
巨大な肉塊と、そこから伸びた8本の巨大な腕とアロスティーネの上半身、そして爛々と赤い光を放つ彼女の両目。魔物と化したかつての姉弟子、そのおぞましい姿をルミアーナは否応なく、間近で見せられることとなる。
目を逸らしたかった。しかし、それはできなかった。
視線を外そうものなら、隙を見せようものなら、自分も餌食となる。ここに呼び集められて、そしてひとり残らず喰い殺された魔女達と同じ運命を辿ることになる。
地獄さながらの惨状を目の当たりにしたルミアーナは、身をもってそれを思い知っていた。
「あなたもすぐに殺してあげる……!」
見た目だけでなく、アロスティーネは心まで魔物に成り果てていた。
彼女の口から『殺す』などという言葉を、ルミアーナは一度も聞いたことがなかった。美人で聡明だった姉弟子は、もう死んだのだ。
目の前にいるのは、あれほどの大虐殺を笑いながら行う怪物……まさに、『狂気の魔女』だった。
「地に堕ちたわね、アロスティーネ……」
ルミアーナは杖を握る両手に力を込め、それを構えた。
肉塊の部分に形成された巨大な口が、濁った唾液をボタボタと垂らしながら不気味な呻き声を発していた。まるでルミアーナを、極上の馳走と感じているかのようだった。
生え揃った牙は血で真っ赤に染まり、そこに腕や手の平、衣服の切れ端、それに毛髪らしき物体が絡まっているのが見えた。
考えるまでもなかった。さっき捕食された、女学徒達の残骸だ。
(仇は討つわ……!)
彼女達が自らの意志で魔族に下ったのは、きっと間違いない。
しかし、こんな形で殺されていいはずがなかった。魔物の餌になるために生まれてきた者など、あの中にただのひとりもいない。
何よりも、かつてルミアーナと親しかった者も数多くいたのだ。
「地に堕ちた? 逆よ! この恩寵で、私はさらなる高みに到達できるの! ルミアーナ、これからあなたにも見せてあげるわ!」
自らを魔物に変えるなど、恩寵とはほど遠く、むしろ対極にあることであるように思えた。
それは恐ろしくおぞましく、そして忌まわしい……決して手を出してはならない、まさに呪われた禁忌の術であるようにルミアーナには思えた。しかし、アロスティーネにはもう、それに気づく思考能力も残っていないようだ。
巨大な口が咆哮を上げ、猛烈な腐臭が強風のようにルミアーナに襲い掛かってきた。
しかし、彼女は目を逸らすことも鼻を覆うこともなく、杖を構え続けていた。杖の先端に取り付けられた青い水晶が、淡い光を放ち始めていた。
「それが恩寵? 私に言わせれば、『忌まわしい呪い』だわ」
ルミアーナは、力の限り杖を横に向けて振り抜いた。
放たれた光弾が一直線に飛んでいき、アロスティーネに着弾する。巻き起こった爆風が晴れた時、アロスティーネは何事もなかったかのようにそこに立っていた。
まったくの無傷だったのだ。
「今、何かしたの?」
煽るように言うアロスティーネ。肉塊に形成された口が、濁った唾液を飛散させながらゲラゲラと笑っていた。
全力で放ったわけではなかったが、今の光弾であれば人を気絶させる威力があった。
しかし、今のアロスティーネにはまったく効いていなかった。魔物と化した彼女の耐久力はもはや人間のそれを逸脱しており、この程度の魔法による攻撃は通じないのだ。
「さあ、お遊びはこれまでにしましょう!」
その言葉を合図とするかのように、8本の腕で床を突き砕きながらアロスティーネは迫ってきた。
巨体からは想像もできないほどに動きは俊敏で、一瞬と呼べる時のあいだに距離を詰めるその様子は、まるで獲物の捕食に向かう蜘蛛のようだった。
その速度に度肝を抜かれたルミアーナには、迎撃を繰り出す猶予も与えられなかった。杖を両手に握ったまま、彼女は思わず怯んでしまい、反応が遅れたのだ。
「くっ!」
魔女達を手当たり次第に捕らえた腕が、ルミアーナにも伸ばされる。
防御魔法を使用する暇はない。だとするならば、回避以外の選択肢はなかった。
素早くその場にしゃがみ、ルミアーナは姿勢を低めた。彼女の頭上を、振り抜かれたアロスティーネの腕が通過した。その際の風圧で、ルミアーナの銀髪が揺さぶられる。
気を抜く暇はなかった。
最初の一撃を回避した直後、また別の腕が襲い掛かり、ルミアーナはその対処を強要された。
「いつまでも、逃げてはいられないわ!」
後退しようとしたルミアーナは、自分の背中が壁に打ちつけられるのを感じた。
振り返ると、それは壁ではなかった。さっきバルバーラが閉ざした、この大聖堂と廊下を隔てる巨大な扉だった。
気づかぬうちに、端にまで追い詰められていたのだ。
アロスティーネは容赦なく迫り、腕をルミアーナに向けて一直線に伸ばしてきた。
「ふっ!」
ルミアーナは即座に横へと飛び退き、回避に成功した。予備動作を見逃さなかったことが、功を奏したのだ。
目標を失ったアロスティーネの腕は、勢いそのままに背後の扉へと直撃した。分厚い扉が半壊するほどの威力を伴った一撃、仮にルミアーナが喰らっていようものなら、捕まるどころかその身を砕かれることになっていただろう。
このままでは、袋のネズミにされる。
飛び退いた勢いそのままに、ルミアーナは前転して即座に立ち上がった。
すぐさま杖の先端に付いた青い水晶に片手をかざし、そこに魔力を込める。
「はああっ!」
より巨大な光弾を形成し、そしてルミアーナは放った。
最初に繰り出した光弾とは比べ物にならない大きさ、そして破壊力を伴ったそれは一直線にアロスティーネに向かって飛んでいき、そして着弾した。視界全体を埋め尽くすほどの爆風が巻き起こり、大聖堂全体に振動が走る。
倒せたかもしれない?
ほんの一瞬だけだが、ルミアーナはそう思った。しかし、間違いだった。
爆風を裂くようにして、アロスティーネの巨大な腕が姿を覗かせ、すぐに彼女の身も前へと歩み出てきた。
「さすがの魔力ね、ルミアーナ。でも残念……今の私を倒すには、全然威力が足りないわ」
多大な魔力を込めた光弾も、魔物と化したアロスティーネにはまったく効いていなかった。負傷するどころか痛手にすらなっていないらしく、笑みを浮かべる余裕まであったようだ。
ルミアーナは再度、杖を握る両手に力を込めた。
「無駄よ、あなたがどんなに魔力を込めても、私には傷ひとつ付けられない!」
勝ち誇るかのように、アロスティーネは言い放った。多大な魔力を込めた攻撃を無傷で防がれた今、彼女の言うとおりであることは間違いないだろう。
しかし、ルミアーナは戦いを続けるつもりだった。さもなくば、自分も餌となるしかないからだ。
捕食された魔女達の亡骸が、否応なく目に入った。ルミアーナのそばまで逃げてきたが、容赦なく餌にされた少女の顔も、脳裏に焼き付いていた。
殺された彼女達のためにも、ここで戦いをやめるわけにはいかなかった。
◎ ◎ ◎
その後も、アロスティーネは魔物と化した自分の能力を活用し、ルミアーナに攻撃を仕掛け続けた。
魔物と化した下半身、肉塊から伸びた8本の腕は彼女の意志に応じ、自由自在に動かすことが可能だった。ルミアーナは逃げるか、あるいは光の壁で防ぐことしかできない。
防戦一方となっている今、アロスティーネはもはや自身の勝利を確信していた。
逃げることも防ぐことも、いつまでも続けていられるはずがない。優秀な魔女とはいえ、ルミアーナの体力も魔力も無尽蔵ではなく、限りがある。防御も回避もできなくなったその時が、彼女の死の時だった。
どう殺してやろうか。
ルミアーナを追い詰めながら、アロスティーネはそのことばかりを考えていた。
単純に腕で叩き潰す。弾き飛ばして壁に叩きつけ、粉々にする。2本の腕でその身を掴んで、左右に引っ張って引きちぎる……殺し方は、いくらでも浮かんできた。血にまみれた肉塊と化したルミアーナの姿を想像しただけで、身が震えるような興奮を覚えた。
魔物と化し、正常な思考を失ったアロスティーネは、惨く人を殺すことに一切の疑問を抱かなかった。彼女にあるのは、もはや虐げる快楽だけだった。
虫を痛めつけるかのように、アロスティーナは逃げ続けるルミアーナを追いかけ回すことを楽しんでいた。だから、ルミアーナの行動の真意を見抜けなかった。
逃げ回っていたと思っていた彼女が不意に向き直り、杖に魔力を込め始めたのだ。
「学習能力がないのね、何度やっても同じことよ!」
ルミアーナは耳を貸さず、3発目の光弾をアロスティーネに放った。
2発目と同じくらいの威力を伴ったそれは、所詮悪あがきで繰り出された無意味な攻撃――ではなかったことを、アロスティーネはすぐに知る。
「っ、逃げた……?」
爆風が晴れた時、大聖堂にはすでにルミアーナの姿はなかった。
半壊した扉から逃走したのだろう、今の光弾は爆風によってアロスティーネの視界を奪い、時間を稼ぐためのものだった。つまり、効くかどうかなど関係ない。
無意味に逃げ回っていたわけではなく、ルミアーナはこの時を狙っていたのだ。
「逃げられてしまったようですね」
アロスティーネの近くに歩み出たバルバーラが、半壊した扉のほうを見つめて言った。
閉ざされていたあの扉は、アロスティーネの攻撃で破壊されたものだ。逃げ道を与えてしまったのは、大きな失敗だったといえるだろう。
「申し訳ございません、お母様……」
魔物と化した今でも、バルバーラへの忠誠心は揺るがない。
目の前にいるのは、自分を魔物へと変じさせ、さらに大勢の魔女を殺させた張本人だった。それでもアロスティーネは変わらず、そんな恐ろしい女を『お母様』と呼んだ。
「まあ、よろしいでしょう……ルミアーナは逃がすにはもったいないほどの魔力を備えた子、すぐに追いかけて捕らえるのです」
「捕らえて……その次はどうするのですか?」
アロスティーネの問いかけに、バルバーラは魔物と化した教え子と視線を合わせた。
「『私の意にそぐわなかった娘達』と同じように……奈落の花園に連れていき、『ゼノフィリウム』の餌にしてしまいなさい」
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