第8話 大団円
先に警察がやってきて、そこに、桜井刑事がいるのを見て、最初は刑事が驚いていたが、すぐに、
「ああ、あの城址殺人事件のことですね?」
とすぐに分かったようで、時を同じくしてといってもいいくらいのタイミングで、救急車も到着し、救急隊員が、緊張の中で患者を診たが、
「大丈夫、病院で手当てをすれば、そこまでひどくはないかも?」
ということであった。
明らかに服毒しているのは分かったが、幸いにも致死量に至っていないのだろう。
桜井刑事は、この事件に何か引っかかるものを感じていた。今呼ばれてやってきた刑事は、
「命に別条がないのは、よかった。とりあえず、事情聴取だけは、意識を取り戻したらしておくことにしますね」
といっていたので、この事件を。
「単純な自殺未遂事件」
というくらいに思ったのではないだろうか。
しかし、何か引っかかるところのある桜井刑事は、明らかにおかしいと思ったのは、まず、
「救急隊員が見て、明らかに助かるということが分かるほどの量しか摂取していない」
ということであった。
そしてもう一つ気になるのは、
「自殺をしようという人間が、なぜ、わざわざ百貨店の喫茶室を選ぶというのだろう? 今回のように通報されて、応急手当てを受ければ、助かってしまうかも知れないではないか。自殺をしようとする人であれば、普通なら、人知れず、一人寂しく、自殺の名所や、自宅などで、ひっそりするものだろう」
と思った。
「所持品とか調べてみたかい?」
と桜井刑事は、今やってきた刑事に聴いてみた。
「いいえ、所持品はないようです」
というので、
「おかしいと思わないか? いくら自殺を覚悟しているとはいえ、何も持って出ないということは、変だろう?」
ということをいうと、彼らもさすがに緊張の顔になり、
「ということは、誰かが彼の荷物を持っていったということでしょうか? しかし、なぜ?」
と聞くので、
「ハッキリは分からないが、すぐに身元が分かっては困るというものか、その荷物の中に何か秘密があったとか」
というと、
「じゃあ、まず、被害者に連れがなかったかどうか聞いてみます」
といって、一人の刑事が、店の従業員に聴きにいった。
しばらくして戻ってくると、
「あの人に連れはないということでしたが、あの人はたぶん、誰かと待ち合わせをしていたのではないかという話でもあります」
と言った。
「じゃあ、誰かを待っていたけど、その人が現れない間に、毒が回ったということになるのかな?」
と桜井刑事が、そういうと、
「そういうことになりますね。誰かと待ち合わせをしていたのだということになると、自殺の線は限りなく薄くなってしまいましたね。そうなると、これは、殺人未遂事件ということですね」
と、通報でやってきた刑事がそういうと、
「ええ、そういうことになりますね。そして、ひょっとすると、この間の城址殺人事件と絡みがあるかも知れない」
と桜井刑事がいう。
「根拠はありますか?」
と聞かれ、顔を寄せて、他の人に聞かれないようにしながら、
「根拠というわけではないですが、どうも、この百貨店では、一律に何かを隠しているような気がして仕方がないんですよ。そこで起こったこの事件。どうしても気になってですね」
と桜井刑事はいうのだった。
病院では、応急手当がなされていたが、救急隊員の言っていた通り、ちょっとした解毒治療により、被害者は一命をとりとめ、数日で、話が聞けるようになったということであった。
その間に、捜査の方は、さほど、行われているわけではなかった。いや、
「行ってはいるが、進展がない」
と言った方がよく、新たな証言や事実は出てこないまま、桜井刑事の曖昧な疑惑だけが残ったということだ。
とりあえず、城址殺人事件と、百貨店での、服毒事件とが、かかわりがあるかどうかが、今のところの焦点だった。
いや、一つだけ分かったことがあった。
というのは、百貨店での被害者であるが、最初、
「一人の男性」
ということであったが、治療を受けて、安静にしていればいい状態になった時、警察に病院から入った情報によると、
「被害者は、女性だ」
ということであった。
被害者の身元を示すものが、何もなかったので、まずは、身元確認からでないと何もできないということが分かっているだけに、まずは被害者の、身元を調べることが先決だった。
さすがに、急病人の身体を動かして、ポケットなどを探るようなことができるわけもなかったが、ある程度収まってきたことで、翌日には、被害者の身元が分かったのだ。
そして、何と彼女は、以前、丸和百貨店に勤めていた従業員だという。完全に男性だと思っていたので、誰も気づかなかったが、実は一人気づいた人がいた。彼女が警察にやってきたのは、被害者が、入院してから、二日目のことで、まだ、被害者の彼女が目を覚ます前のことだった、
その時はまだ、被害者が、女性であったということは、警察内部だけの極秘事項となっていた。
だから、警察では、
「丸和百貨店での服毒事件に関して、お話があります」
といってきた女性にビックリしたのだ。
どうやら、彼女は、
「私は被害者のことを知っている」
というような供述をしているということから、とたんに、捜査本部は、緊張が走った。
そして、それを聞いた桜井刑事も一緒に、話を聴くことにした。
出頭してきた彼女は、今、丸和百貨店に勤めていて、喫茶室で仕事をしていたようだ。
「じゃあ、あなたは、昨日彼女がここにいた時、被害者がその人だということを分かっていたということでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「ええ、女性だということが分かると、それが彼女であることが分かりました」
と出頭してきた彼女がいうと、
「でも、あなたとは、部署も違ったりしませんか? 仲が良かったということでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「ええ、そういうことになりますね。被害者の女性が、誰なのかということは、最初は分からなかったけど、彼女だと分かると、待ち合わせだということも分かりました。でも、なぜわざわざこの場所だったのかということは分かりません。いくら変装していたとしても、分かる人には分かりますからね。でも、私は彼女が服毒していると聞いて分かりました。ここで待ち合わせをしようと言ったのは、彼女ではないかとですね?」
と彼女がいうと、
「どういうことですか? 普通待ち合わせとかいうと、付き合っている男を想像しますが、それにしては、変装をして、しかも、職場の喫茶室で待ち合わせというのは、あまりにもおかしいですよね?」
と刑事が言った。
「ええ、そうなんです。彼女が待ち合わせをする人は、もうこの世にはいませんからね。だから、私は最初、彼女が自殺をしようとしたと思ったんですよ」
というではないか。
「まさか、彼女がつき合っていた男性というのは?」
「ええ、お察しの通り、この間城址公園で殺害された、宮武さんだったんですよ」
というのを聞いて、皆一様に驚いていたが、桜井刑事だけは、ホッとした表情になっている。
まるで、
「足りない一つのピースが見つかった」
というような表情であった。
彼女の証言から、少し分からなかった部分が分かってきた。
「彼女は、身元がバレたくないが、そこにわざわざ来たということは、呼び出した人に脅迫されているということだろうか?」
と桜井刑事は考えた。
しかし、一つ実に不思議なことがあるのだが、もし、今回のこの事件と、この間の城址殺人事件が何らかの形でつながっているとすれば、話として、微妙に、いや、正反対だと思われる部分が多いではないか。
たとえば、この間の事件では、
「被害者は殺されていて、凶器はナイフである」
ということである。今回の事件では、
「被害者は死んでおらず、凶器というべきものは、毒だったではないか? 殺す意思がなかったのか、それとも、殺害しようとしたが、単純に分量を間違えたのか?」
ということである。
後者の場合に一つ言えるのは、
「毒などというのは、そんなに簡単に手に入るものではない」
ということで、それなのに、殺害に失敗するというのは、実におかしいのではないだろうか?
さらに、城址公園でのあの死体は、死後数日経っているというではないか? たぶん、どこかで殺しておいて、あそこに放置したのであろうが、何のために、そんなことをする必要があったというのだろうか?
そんなことを考えていると、実に謎は深まるばかりだ。
外見上もそうだ。
「前者は、すぐには発見されない、城址公園の門とところに放置しておいたにも関わらず、後者では、わざわざすぐに見つかり、しかも、身元が分かりそうなところで死ななければいけなかったのか。変装していたから分からなかったのだろうが、それなら、別の場所の方がよかったのではないか? あきらかに、前の殺人とは正反対である」
といえるのではないだろうか?
しかも、この二つの事件に関連性がないかも知れないと思った矢先、
「彼女の恋人が、殺された宮武であったということは、この二つが繋がっているということの証拠のようなものではないだろうか?」
ということが考えられる。
だが、やはり今のところかなりたくさんの謎があるが、大きなこととしては、まず、
「なぜ、彼女が殺されなかったのか?」
ということと、
「第一の犯罪で、死体がどこにあったのか分からない」
ということで、殺害現場が分からないと、事件も進展しないだろうということであった。
ここまで分かってはきたが、今度は、実際の犯罪の目的であったり、考え方がいまいちわからない。
「ひょっとすると、俺たちが、何か感じてはいないが、何か思い込みによって突っ走っていて、その通りに事件が進んでいないことで、問題が解決しないということなのではないか?」
と感じるのだった。
「何かのブービートラップに引っかかっている?」
ということを考えると、
「とりあえず、彼女の話を聴くしかない」
ということになったが、そこに、捜査本部をさらに落胆させる話が飛び込んできた。
「入院中の女が、記憶を失っているようだ」
ということであった。
ただ、このことが、逆に事件解決を早めることになろうとは、まさかその時の桜井を始めとした捜査本部では、思ってもいないことであった。
「このまま事件が進展しなければ、下手をすると、迷宮入りしてしまうんじゃないか? 謎は多いが、分かりやすい事件だと思っていたのに、一体どういうことなんだ?」
と、捜査本部長は、苛立ちを隠せないでいたのだ。
それが、急転直下したのが、その数日後、今度はまた、一体の死体が発見されたことだった。
その死体は、完全に胸を抉られていて、即死だった。ただ、部屋の中の奥に閉じ込められていて、
「異臭がする」
ということで、管理人が調べた時、押し入れの中に、無造作に放り込まれていた死体が発見されたことからだった。
その死体は、百貨店を辞めた、沢井のものだった。なぜ、こんなに無造作に捨てられているのを見ると、
「死体が発見されてもいい」
ということだったのか、それとも、
「犯人がそれだけ無造作というが、ずぼらな人間だった」
ということからなのか、とにかく、発見された死体は、すでに死後10日近く経っているということであった。
ということは、
「殺害の順番としては、まず沢井が先で、次に宮武。そして、未遂ではあったが、毒殺されかかった、彼女、名前を大滝由美といった。その彼女が最後だった」
ということである。
ただ問題は、彼女がいつその毒をもらったかである。毒殺は、その場にいる必要もないが、いつ死ぬか分からない。あるいは、永久に飲まないという可能性もある。ただ、それも常備薬の中であれば、その限りではない。
ただ、この事件で一番得をする人間は? と考えると、
「問題は、宮武と由美の関係がどうだったのか?」
ということである。
仲が悪かったのなら、由美は宮武に殺されることだってあるだろうが、宮武とは、そんな感じでもなかったという。そうなると、由美が沢井に襲われたのではないかと考えられ、その復讐をしようとして、宮武が沢井を殺すということも考えられるがその割に、そのまま放っておくのはあまりにもひどい。その曖昧な殺人から、沢井を殺したのは、由美ではないかと思える、しかし、そうなると、宮武は誰が殺したというのだろう。
実は、沢井を殺したのは、由美で、その時に、今回の事件に、宮武が絡んでいる。つまり、借金を棒引きにしてやるから、
「由美を自由にさせろ」
といっていたようである。
それを聞いた由美は、宮武を殺し、それをあたかも、沢井のせいにしようとした。しかし、沢井を殺してしまった時、
「もうどうなってもいい」
ということでいい加減な死体の始末をしてしまった。
いまさら戻って、何か工作することも危険だし、意味がない。死体はかなり腐乱しているはずだからである。
そこで彼女は、
「偽装自殺」
をしようとした。
あたかも、自分が何かの脅迫を受けているかのようにである。
実際に、宮武が気づき始めているようだった。彼女が一番憎んでいたのは、ここまで簡単にと思えるほど裏切られたということで宮武だった。
「こうなったら、どんな目に遭うか分からない」
ということで、宮武を殺すしかなくなった。
そして、苦肉の策であるが、
「自分との犯罪、さらには、いずれ見つかる沢井の殺人に自分が関与していないということが分からないように、正反対の事件にしなければいけない」
それを考えると、由美は、結構事後の工作を結構していた。
うまくいきそうであったが、さすがに月焼き場な犯行では、うまくいくはずもない。そのことは彼女が一番分かっていることだろう。
記憶が戻ればハッキリするが、少し時間が掛かるということである。
「事件解決を見そうなのに、どこか、気持ちがすっきりしない状態なのは、おかしな感覚だった」
ただ、この推理を裏付けるものは、今のところ見つかっていない。すべてが状況証拠である。
「これで、本当にいいのだろうか?」
桜井刑事は、いまいち、事件を把握しているつもりでできていないのではないか?
と感じるのであった。
( 完 )
死体発見の曖昧な犯罪 森本 晃次 @kakku
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