07 ︎︎発露
洞穴の奥
漏れた光も届かない場所に人影があった。
その人は厚布に革を合わせたマントと革製の靴に、鉄の肩当てを身に付けている。そしてそばに置いてあるのは荷物袋と恐らくバックラー、そしてクロー型の武器とナイフ。
顔はフードで隠れているためよく分からないが、体付きでだいたい女性だと判断できた。
そして持っている装備からして冒険者?なのだろうか。
「勝手に入ってきちゃったけど大丈夫なのかな?」
周りに生活の跡は見えないからここで暮らしてるわけじゃなさそうだけど、もしかしたらお邪魔になっているかもしれない。
とりあえずあの人に経緯を話してみようかな。
僕は女性に近づいて肩を揺すろうとした。
だが肩に手が触れる直前
女性の手がピクリと動いた。
「え、起きてる?」
「...........!!!」
すると女性は飛ぶように起き上がると、そばにあったナイフを掴んで僕の方へ向き直り刃を構えた。
「え、あ、あの......」
「お前は......誰だ!!なぜここにいる!!!」
今まで感じてきた怨嗟や嫉妬の感情からくる殺意とはわけが違う。本物の殺意。
何トンもある水を全身で浴びているかのような圧迫感。
「え、ええ、と......僕はただ.......」
「返答次第ではただで済むと思うな!!」
「僕はただ!スライムから逃げてただけで!!」
「スライム!?ここからスライムが生息する地域までは........かなりの距離があるはず!」
「僕はそこから逃げてきたんですよ!!」
「お前は見た限り武闘派ではない、動きが鈍すぎる。そんな人間が......あの一帯まで行くのは不可能だ!!!嘘をつくな!!!」
今にも僕の喉元に飛び掛かってきそうな女性は僕の言葉の痛い部分を的確に突いてきた。確かに女性の言う通り僕の姿は強そうには見えない(実際弱い)。
「やはりお前は.........っ!.....ぁ......」
突然、女性は構えていたナイフを落としてその場に倒れた。
「ねぇ!大丈夫!?どうしたの急に!?」
かなり息が荒い。状態的に今起こったものじゃない、恐らく僕が来る前からだ、会話が途中途中で途切れていたのはそのせいだろう。
「はぁ.........っ!.......うぅっ…」
「大丈夫だから!僕は貴女に危害を加える気はない!というか加えられるほど強くもないんだ!」
「っ......そう言える根拠でも.......あ、るの?」
女性は僕にそう言った。頬に汗をにじませ、体のすみずみが強張っている腕は先程から痙攣が止まらないし、どう見ても満足に動ける体には見えない。
「ない、けど君を助けたい」
「......話にならない」
フードからチラッと見えた瞳には歪んだ僕がいた。
そうだ........この瞳
僕という人間に縋っていいのか分からなくて、でもこのままじゃ辛いのには変わらなくて.......自分の感情に押し潰される瞳だ
この瞳を以前見た事がある。
そして僕はこの瞳に気付いていたのに助けてあげられなかった。
でも今なら.......助けられる。
「根拠なら.......」
そう言って僕は女性のナイフを取って
自分の左手首を切った。
「え?」
想像より斬れ味が良い、鈍い痛みが走りおもわず顔を顰める。そしてどくどくと流れ出る血液。
失血するまで数分かからないかな、これは。
「痛っ.......これで、いい?」
なんてものを見る目で僕を見るんだ。
これくらい、何度もやったよ。
何回死にたいと思ったと思う?
どれだけ贖罪をしたいと思ったと思う?
まぁ痛みには何度やっても慣れないけどね。
「は、はやく止血を」
「キミのことを聞かせてくれたら、するつもりだよ」
両者とも同じ立場になれば、危害なんて加える必要も無い、僕なんてこのままほっとけば死ぬんだ。
「頼む.......僕に貴女を助けさせてほしい。だから了承する代わり名前を教えてくれないかな?」
「わたしは.......キャニィ」
「教えてくれてありがとう、キャニィ」
女性の名前はキャニィというらしい。可愛らしくていい名前だと思う。
「とりあえず無理のない範囲でキャニィのその症状について教えてくれないかな?」
「そ......それは........ッ!.....あッ....」
「キャニィ!ほら呼吸して!!」
「う、うん...........ふぅぅぅ」
しばらく落ち着くまで息を整えてもらった後、女性はゆっくりと語りだした。
「私は毒を盛られたの......仲間から」
「毒!!?ってどうしてそんな事に」
「わ......私がじゅ......報酬が欲しかったんだよ.......」
「クエストか何かを受けていて、キャニィの報酬分まで欲しくて毒を盛ったってこと?」
「君......察しが良いね......ゴホッ!ゴホッ!」
「キャニィ!」
彼女は横になったまま吐血した。心無しか顔色も悪くなっている、急がないと。
「ご......めんね......私はもう長くないみたい」
「そ......そんな!まだ何か..........」
「君は.......何でここに入ってきたんだっけ?」
「でかいスライムに追われてて........ちょうどそこに洞穴があったから」
「そうなんだ......私の最後の仕事が見つかったみたいだね」
「それってどういう」
女性はそういうと、ゆっくりと立ち上がり傍にあった武器を装備し始めた。
「私が.......君を生きて街に戻らせるから」
「キャニィ駄目だ!!!その体じゃ」
「私が冒険者になったのは.......魔物に困っている人々を助ける為、例え、その思想のせいで毒を盛られたとしても.........私はこの生き方を曲げることは出来ないの」
「!!!」
「君は生きて.........私も頑張るから」
そう言って女性は荷物袋から救命キットを取り出して僕の左手を処置してくれた。その手つきは慈愛にあふれていて丁寧だった。
「今は魔法使えないけど......スライム程度なら倒せると思うし.......そうじゃなくても時間稼ぎなら.......」
そう女性は言っているが、腕は痩せこけているし、足もフラフラで、今にも倒れそうだった。
「それじゃあ、行ってくるね」
女性はフードを取ってニコっと笑ってくれた。
現れたのは頭から生える猫耳。
瞳はルビーのよう深紅。
そしてブラウン色の髪を束ねた美少女。
思わず見蕩れてしまう程、綺麗だった。
そして
僕の中に芽生えたのは未だかつてない感情。
誰と居る時にも感じたことのない高揚感。
今この気持ちを噛み砕いて理解することはできないけれど。
絶対にこの人を死なせたくないと思った。
「駄目だ!!!!」
「えっ...........何を........」
僕は倒れそうなキャニィの裾を掴んだ。いきなり僕が動いたせいで、ビクッと猫耳が動いたのが見える。思ったより敏感らしい。
「と........取り敢えず座ってくれないかな!!」
「わ、分かった......よ」
僕達は近くにあった細長い岩に腰を下ろした、キャニィはやはり辛そうに見えて、止めてよかったと心底思った。
「それで..........何?」
「!!!」
いきなりの怒気。
今にも倒れそうな人間から発せられる生半可なものではなく、 死線を潜って来たからこその威嚇とも取れる気迫があった。
僕はそのまま後ろに尻餅を着きたくなる程の圧迫感を覚えたが、ここで下がったら絶対に後悔するという予感だけが僕を取り巻いていた。
「僕は君を死なせたくない」
「だから.......っ!......これしかもう」
キャニィから伝わってくるのは、これしか選択肢が残っていない事に対する棄却と、まともに動かない自身の体に対する憤り。
「僕が......どうにかしますから」
「それはどういうこと......?」
僕は両手を合わせて祈る形を取った。
そして体から何かが吹き出る感覚。
その淡水色の半透明な何かが、ゆっくりと僕の体を包んでいった。
「な......何を!?」
「僕が君を治す。だから.......後はお願いします」
僕は女神の加護の能力を使うために唱えた。
(超回復.......対象はキャn)
「ッ!!!」
一気に体のエネルギーを持っていかれる感覚。手足の動きに支障がある訳では無いが、一瞬動きが止まるほどの脱力感と倦怠感が僕を襲った。
「いや......これでいい」
(【超回復】発動!対象は......キャニィ)
僕がそう唱えた瞬間、僕の包んでいた半透明の何かがキャニィの体へ移っていった。
それがキャニィを完全に包み込むと、次の瞬間、一段と大きな光を放ち彼女を完全に覆い隠した。
「よ......よし!これで.......ってあれ?.......」
何か体が.......動かない.......もう頭が重い.......
手足が.......ピクリともしない......
多分体のエネルギーが.......無いんだろう。
そして光が晴れた時現れたのは困惑した表情で
こちらを見ているキャニィだった。
彼女に先程のような弱々しさは一切なく、その深紅の瞳は、生気で溢れていた。
「君は......一体......」
「キャニィが無事で......良かっ......た」
「まっ待って!!!今意識を失ったら!」
キャニィは急いで駆け寄って倒れそうな僕を抱えてくれた。その手つきには変わらない優しさがあった。
「あとは、よろ......しく」
「ねぇ!!ねぇしっかりして!!!」
僕の意識はそこまで聞こえて途絶えた。
〜〜〜〜〜
「君は.......なぜそこまでして.......」
翔太を岩肌に寝かせ上から見下ろす彼女。
その目には戸惑いと哀愁がこもっていた。
「.................」
彼女はまるで眠っているようにしか見えない彼を最後に一瞥した後、立ち上がって入り口へ向かった。
「今から依頼達成するね......名前も知らない恩人さん」
生命体が世界間の移動をする際
彼は元々アテナの管理する世界出身の人間。
そして彼は【異世界転移】の能力でトラルキアへ世界を跨いで転移をした。
その際、彼は強制的にトラルキアの
そんな彼に起こったのは
それはこの世界で表すなら死んだのと同等
魔素=酸素と表せば簡単だ。
体から酸素が完全に消失する。
それは間違いなく死だろう。
彼女は命を賭してまで
人に助けられたことは無かった。
もちろん彼は魔素喪失など理解していない。
だが命を賭けて助けたことは事実だ......
図らずして翔太は1人の少女の心を奪う。
「スライムって聞いてまさかとは思ったけど......やっぱりキングね」
彼は確かにスライムに追われてきたと言った。
スライムがキング化する条件はいくつかあるけど、獲物を仕留める為にキング化したのなら、の合体時間が何十秒かあったハズ。
初等教育1週間くらいで習う炎魔法で十分撃退可能なスライムに対して撃退ではなく逃げの選択肢を取り、キングスライムになるまでの時間を与えてしまう始末。
つまり、魔法を使えない。
もしくは魔法を知らない。
という事になる。
スライムの習性として自分の天敵と遭遇する
いざとなったら合体し、標的を倒す為に
天敵と遭遇した際、一部を犠牲に生き残る為に
スライムが生息する地域からここまではかなりの距離があった.......一般人の全力疾走と同等の速度で追いかけるにも、キングスライムなら可能。
彼を追いかけた理由は
さっきの流れで何となく理解はしている。
「喰らわないよ」
キングスライムの跳躍は直線的で読みやすい。方向さえ分かっていればワンステップで避けることが出来る。
(粘液噴出.......なら)
「炎魔法
眼前に出現する盾でスライムの粘膜を防ぐ。
粘液を直線上に発射する粘液噴出は、持続の長い炎系統の魔法であれば容易に防ぐことが可能だ。
勿論、粘液の塊であるスライムに対しても炎系統は有効だ。火球が使えれば撃退くらい簡単にできる。
だけどそんなの要らない。
今はただ.......
「炎魔法........
――生成された炎は彼女の体を取り巻いていき、形を帯びていく。
体を覆う炎はローブでありながらドレスのような一面も合わせる。前腕に沿うように圧縮された炎は魔物を抉る鋭い爪となり、膝下へ伸びる炎は強烈な脚力を生み出す。
彼女の戦闘形態の1つ。
『
スライムの跳躍に合わせ、地面を蹴りつけた彼女は上空約10メートル程にまで跳ね上がる。
そして最高到達点までは
私の方が遥かに早い。
獲物を狙う時は、決して油断せず確実に息の根を止める。義父とおばさんからそう教わっている。
「
纏う炎を右腕に集中させ、全身全霊の力で標的を抉り取る渾身の一振り。
本来ならば、A相当の魔物に使用する魔法だが、今回はただ全力で敵をズタズタにしてやりたかった。
体の一部を抉りとられたスライムは生存本能に従い。焼け焦げた部分を切り捨て分散離脱の手段を取ろうとした。
だが、彼女が許さない。
「どこ行こうとしてんのよ!」
着地の瞬間、再度炎纏を発動。
そのままスライムへ一足。
スライムを捉え、そのまま一撃。
残骸が宙を舞い、彼女は更に加速を続ける。
一撃、二撃、三撃とスライムを抉り続ける。
途中スライムはようやく分裂を始めたが、残らず彼女は潰していった。
まさに蹂躙とも言える所業。
基本スライムに打撃斬撃は通用しない。
形態変化で太刀筋に対して急所である『核』をずらすことが出来るからだ。
だが彼女は抉りながら燃やす事で
再生をカバーしていた。
獣人族は身体能力と空間把握能力に長けている。また、人間族とは違い獣人族は体外の魔素操作に優れていないため、獣人族は魔法による身体強化による物理アタッカーが多い。
ただし彼女にあたっては冒険者である義父の戦闘スタイルを元に魔法物理アタッカーという彼女の魔法特性を活かした独自の戦闘体型を近所のおばさんが考案した。
そして年月をかけて鍛え上げられたそのスタイルは彼女の大きな武器となった。
そんな彼女は
スライムにとっては運が悪すぎる格上の格上の相手でしかなかった。
「はぁ..........依頼達成......でいいよね」
周囲には抉り続けたスライムの残骸が無数に散らばっている。
所々焦げていたりだとか
今も燃えている物もある。
八つ当たりにも程があるほどの所業だったが彼女にとってはまだ足りなかった。
そんな彼女にあるのは
「帰ったら......お墓作らないと.....にゃ」
途方もない喪失感だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます