15 弁当屋のリューさん

「おすすめとかありますか?」



「お、おうよ!この俺特製の龍馬弁当が一番美味しいと自負してるぜ!!」



 彼が屋台の陳列棚から持ってきたのは食材全てが弁当。

 どれくらい黒いのかと言うと、太陽の光を反射してないくらい黒い。


 ちょっと見た目がゲテモノのように見えなくもないが、彼が自身たっぷりに出してくれた物なので恐怖心よりも好奇心が勝った。

 僕はポケットから銅貨を取り出す。1,2,3,4,5.....よし、枚数はしっかりあるね。



「ええと、これも銅貨五枚で大丈夫ですか?」



 掌に薄い光沢を放つ銅貨が5枚乗せて

 銀髪の彼の方へ差し出す。



「え!?ほ、ほんとに買ってくれるのか!?」



 僕がそう聞くと、彼は大変驚いたような顔をした。まさか買って貰えるとは思わなかったと言わんばかりの顔だった。

 まぁ確かに、この弁当の見た目で買い手に恵まれているということは少ないだろう。僕だって一瞬だけだけど忌避感が勝ってたし、彼の人柄にを感じなければ話しかけてすらいなかっただろうし。




「勿論、買いますよ。別に値切りとかはしませんよ?僕そういうのよくわかんないですし」




 そういうと彼は口をぽかんと開けながらその場で硬直した。

 うっすら震えているようにも見えるし、瞳孔が開いた気もする。



「お前さん.........名前は?」



 彼は少し低く俯いたようにそう尋ねた。



「え?あ、えと......『ショータ』です」



「そうか、ショータか.......」



 そう言って、彼は腕を組んで頷き

 噛みしめるように首を振って閉口した。


 一応、フルネームはこの世界だと通用しないだろうしキャニィにもショータで通ってるからこれでいいだろう。まぁ翔太と言おうがショータと言おうが、あまり聞いてる方は大差無いどころか違いすら気付かないのが関の山ではあるけど。

 むしろ【言語理解】でその辺りがどういう判定になっているか知り得ない以上、憶測でしか話せない時点で意味の無い思考ではある。そう考えると、本来の言葉のニュアンスが伝わるように、この世界の言葉を学んでもいいかもしれない。



 どうこう、考えている内に彼の閉口が解かれる。



「ショータ、お代はいらねぇ。だが一つだけ頼みがある」



「!!!」



 お代は要らないときて、一つだけ頼みがあると来る。

 前半の部分は利しかない、後半の部分は?でしかない。


 頼みとは何なのか




「俺の弁当がどうだったか聞きてぇ。別に不味いって言ってもいいし美味いって言ってもいい。俺はお前さんの意見が聞きてぇんだ」



「感想......ですか」



 頼んできたのは、弁当の感想だった。


 彼はいそいそ弁当を渡してくる。中に同伴されていたナイフとスプーンのような物はどちらも木製で、手作り?なのかところどころ角ばっている。

 エーテルでは毎日のように出店が並んでいるので、わざわざ飲食店の中に入るよりかは出店をハシゴした方がレパートリーが稼ぐことが出来る。食べ歩きに適したファーストフードが多いので必然的にカトラリーを見る機会が減っていたのもあり、非常に新鮮で良い。



 にしても、感想か......お世辞にも舌が肥えているとは言えない僕でその役目勤まるのだろうか?



「じゃあ、いただきます」



 僕はこの真っ黒い物体にナイフを当てた。



 ――ザクッ



 なるほど、これは揚げ物だったらしい。断面を見てみてもやはり黒い。焼け焦げていてもこうはならないだろう。

 っと待て待て、匂いは?さっきから何も香って来ないけど......。



 僕は恐る恐る一口サイズに切り分けた揚げ物を頬ばった。

 揚げ物は歯で細かくかみ砕かれ、喉を通って胃まで落ちた。



「どうだ?俺の弁当の味は.......」





 これは.........なんというか





「......んーえっとですね」



 お世辞にも美味しいとは言えない味だった。


 揚げ物だったのは音と刃を入れた感覚で理解出来た。が問題は中、大量の雑味が一緒に押し寄せてくるこの感覚と明確に感じ取れる渋さ、コゲの味。


 しかも、それだけじゃない。


 肉?なのか魚なのか野菜なのか食べたのに分からなかったのだ。そもそも生物は飲食の際、味覚、嗅覚、視覚、触覚を使ってその食べ物の味を判断しているので、視覚、嗅覚を遮られたらもう、味の判断など出来る訳がない。触感でも何か分からないのなら猶更味が理解できるハズもない。



 まぁとどのつまり、不味い。




「——と、僕は思いました」



「そうか........まずかったか......」



 初対面の相手に対して数度の会話の後に、遠慮なくその人が作った料理に対して不味いという僕はまさしく外道。正直言いすぎた感はある。


 しっかり謝ろう、それが一番いい。



「あの......」

「ショータ、お前な」



 言いだしが被った時は良くない。

 先に、先に謝らないと!!!





「ごめんなさい!」

「初めてだ!!俺の飯を不味いって言ってくれたのは!!!!」




 ????



 何か今、聞こえたような。

 気のせいか、否、ほんとうn——



「......うえ!?ちょっ、力強!!!」



 いつの間にか僕は抱きしめられていた。



「やっと正直に言ってくる奴がいたぜー!ありがとなショータ!!」



 屋台の銀髪の少年に万力のような力強さで抱きしめられる。とんでもない喜びようで僕を持ち上げては、興奮が収まらないと言った声を上げている。



 いや、冷静に分析してる場合じゃない。



 今、僕は彼が動いてから抱かれるまで、彼が動いたことすら理解出来なかった。


 目の前から消えたと思ったらいつの間にか抱きつかれていた。その一瞬の出来事に僕は反応が遅れた。その恐ろしくも非現実的な事実に困惑し、いまいち顔が動揺に染まりきれないでいた。



「ん?......なんかショータお前、相当身体酷使してねぇか?」



「え?酷使?」



 突然、右へ左へ僕を抱き着いたまま揺れていた彼は、そう言った。

 思い当たる節がありすぎて辛いが、多分そうなのだろうと思った。



「相当脆いぞ、大分弱めに抱いているからいいけど少し強くしたらすぐに折れそうだ。一回身体ぶっ壊して、もっかい破片を積み上げて作ったみたいな脆さしてるぞ」



 こ、これで弱め?冗談でしょ!?



「あー......僕冒険者になりたくて、最近訓練始めたからその影響なのかな~って」



「へぇ、そうか。なら丁度いい話があるぜ」



「!?」



 良い話は大抵、良い話ではない。

 キャニィに外に出る際、言われた言葉だ。


 キャッチやセールスは単価が低いがひっかけやすい。

 ショータのようなお人よしは引っかかりやすいから気を付けてと。




「俺、こう見えて結構強いんだぜ?だから俺がお前を鍛えてやろうか?」

「お願いします」



 しまった、口が勝手に......なぜ?



「イイね、返事が早いのは好きだぜ」



 そう言って、彼は荷台の方に歩いていき、弁当を2つ取ってこちらに戻ってきた。

 蓋を開けて、ばくばくと次から次へと中身を食べていく......食べていく??



「俺はな、リューっていうんだ」



「リューさん、ですか」



 ほい、と2つ持ってきた弁当の片方を僕に手渡してきた。

 もしかして、と目線を送ると、リューさんはコクリと頷いた。



「強くなりたい理由があるのか?それとも生活の為か?」



「強くなって支えたい人がいるんです」



 横並びで弁当を食べながら、手休めのように会話を挟む。



「そうか自分以外の為か、イイな、本当に......そう思う」



「はい、ありがとうございます」



 黙々と食べて、少し話して、また食べる。



「もっと軽く話していい、ラフで行こうぜ」



「はい、じゃあ......これからよろしくリュー」

「さんはつけろ、さんは」




 こうして、何の因果か謎の巡り合わせで弁当屋のリューさんから教えを乞う関係になったのだった。後でキャニィになんて言うか、そう考える間もなく僕は空の弁当を積み上げる事になる。



 うぷっ......ああ、もう食べれない、無理。



 今頃、キャニィはどうしてるだろう。

 お昼一緒にできなくて寂しかったけど組合に用事があるなら、仕方ないかな。









『冒険者組合本部』




 それは、この大陸のどこかに存在していると言われている最古の冒険者の元締めであり、民間の依頼から国家絡みの依頼まで幅広く取り揃える冒険者組合の総本山だ。


 本部へ行くためには、それぞれの地区に存在する『扉』使う必要がある。その扉は開けさえすれば自動的に本部へのパスが繋がり、誰でも簡単に本部へ行くことが出来る優れものだ。



 だが、不法な侵入を招きやすいという大きなデメリットが存在する。



 その対策の為に冒険者組合は、元A冒険者以上の人間を『扉』の管理者へ任命している。



 その管理者の仕事は主に三つだ。

 ・『扉』『鍵』の管理、開閉

 ・『鍵』不所持者への性格診断

 ・侵入者の撃退



 冒険者にはそれぞれ『鍵』が登録されており、それを使用した時点で本部へ登録された情報が通達される仕組みとなっている。よって、管理者と合わせた二重のセキュリティによって本部を固く守っている。



 正確には三つあるのだが、それは割愛する。



 鍵を持っていない場合は、管理者独自の性格診断によってその人間性を見極め、扉を開錠するか否かを判断する。尚この際使われる鍵はお客用の鍵である。



 そして不法侵入を企む輩が現れた際は、実力行使をもって事態の収束を図る。



 冒険者組合本部は魔物関連や国関連での機密情報が多く、その漏洩防止の為にあらゆるセキュリティをもってこれに対応している。今もなお冒険者組合が最大の仲介組織なのはこの防衛力が理由の一つとして挙げられるだろう。




 ちなみに、これは余談だが




『扉』を使わずに本部へたどり着いた人間は誰一人として







「例の魔素の漏出反応があった地点は、調査班の報告書より魔物との戦闘の形跡も無く、特筆する所もなかったと記載がある」



 冒険者組合の一室


 部屋の四方に甲冑が立て掛けられた言わゆる趣味部屋の中に彼らはいた。



「観測者に見られてない?」



「対策はしてある、【幻影ファントム】を持つ冒険者を一人加え、索敵特化の人員を見繕った。見つかるようなヘマはしない」



「そ、であの子が転移者で間違いないのよね。なら、今夜にでも」



「心配しているのか?その少年を......お前が?」



 一人はコツコツと床板を鳴らしながら、綺麗に整列された鎧をクロスで磨き

 一人は対になるように配置されたソファに寝そべりながら本を読んでいる。


 だが思わぬ彼女の回答アンサーに手が止まってしまう。



「なに?悪い?」



 本から少しだけ目線を傾け、上目で男を見上げる。



「いや、意外だった」



「意外で悪かったわね、それはそれとしてリガン一人で足りるの?......なにその顔、別に疑ってる訳じゃないわよ。ただ面子によるじゃない?」



「まぁそうだな。隣国もアルベントの領域内だ、少数精鋭で組むにしても短時間で組めるメンバーはたかが知れている。転移魔法を秘匿利用出来るなら別だが残留が残りやすい発動方法で来るのが関の山だろう、後の処理で立場が悪くなる術は使わないハズだ。まぁあと1日2日あれば話は違ってきただろうがな」



「はいはい、予定に無い呼びつけは嫌よ?」



 ソファに寝転ぶ女は先程まで読んでいた本を木造のテーブルの上にストンと置き、軽く伸びをしながら机上の本の積み木に手を伸ばし、ひらり、とめくる。



「善処する」



「それ言って守った事ある?」



「無い」



「ねぇベルガ、アンタが行けばいいんじゃなくて?リガンと知り合いでしょ、ほら昔ちょっとやんちゃしてたじゃない?懐かしいわねぇ」



「仕事で忙しい」



「それ言うなら、私もじゃなくて?」



「定時上がりしているだろいつも、残業くらいしろ」



「え~、”嫌”なんだけど」



「はぁ......そろそろキャニィも来る頃だ、少しは襟を正せ」



「分かったわよ、じゃあ給料増やしてよね」



「善処する」



「はいはい、善処善処」



 何の変哲もない昼下がり

 職務も忘れて駄弁る姿がそこにあった。

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