11 ︎︎片鱗

「なるほどって感じ......だね」



「......どうぞ何なりと」



 彼女の手に握られているのは先程受けた冒険者試験の結果。彼女はそれを険しい顔で眺めては僕を見てため息をつく行為を繰り返している。



「もっかい確認してみよっか。反省ってことで」



 彼女は試験結果を二つ折りして渡してきた。既に知っているとはいえ、自らの失態を直視するのは知っていても苦しい。


 僕はゆっくりとその折を開く。




 <試験結果>



 この度は、冒険者選定試験にご参加いただきありがとうございました。

 厳正なる試験の結果『』となりましたのでここにお知らせ致します。

 詳しい試験結果については下記をご覧ください。




 ※判定はS~Fで判定致します。判定できない場合は測定不能、または評価なしとさせていただきます。


 魔素量  :S

 魔法力  :評価なし

 戦闘力  :F

 腕力   :D

 脚力   :C

 体力   :D

 敏捷   :C

 器用   :D

 精神   :E

 知力   :D


 総合評価 E




 結果は不合格。



 当然と言えば当然かもしれないけれど......

 試験官のルリアーネさんって人やばすぎる。


 1mを有に超す火球をマシンガンみたいに投げてきた時は死んだかと思った......まぁ装備のおかげで無傷だったんだけど。でもね?でもね?痛いんだよあれ。



「私を助ける勇気があるならもう少し出来てもいいと思うんだけど?」



 キャニィは猫耳をいじりながら僕をジト目で見つめてそう言った。



「ごめんホントに......僕が不甲斐ないばかりで」



 キャニィの想像通りだったといえど、僕がもう少し勇気をもって進んでいれば、髪の毛一本くらいなら触れられたかもしれないんだ.......


 今更ながら武術の一つも覚えていない自分に腹が立つ。幼馴染アイツに囚われていた影響がこんなところにも出ているなんて。



「別に良いよ。だって私がわざわざ一番厳しい試験官を呼んだんだから」



「へぇ~..............え!?」



 涼しい顔でそう言い放つ彼女に一瞬反応が遅れてしまった。



「別にショータならC評価くらい........あってもおかしくなかったよ?の試験官が相手だったらね。現に大体の評価はD以上だし、魔素量なんてS評価。一般で受けてれば合格してたんじゃないかな?」



 彼女はさっき売店で買ったお昼ご飯をぶら下げながら僕にそう言った。



「普通?あの人って普通じゃないの?」



 キャニィは受付に立っていた受付穣さんを僕の試験官として連れてきた。


 そんな人が普通じゃない?受付嬢が非戦闘職じゃないことぐらい、流石に僕でも知ってる。ただ僕の常識が通用しない事は昨日一日でよーーく分かっているつもりだ、何を言われても受け止める気持ちで聞くと決めている。



「元々、試験官を努めるのはB級以上の冒険者であれば誰でもよくて、素行と問題行動とかで不信感が無ければ組合もOKしてたくらいには誰でもよかった......けど」



「けど?」



「あの人が本腰入れて試験官の質の有無を説いた時から試験管の条件が一段と厳しくなった。それは実力だけじゃない、品格とノウハウを叩き込まれて尚、折れない牙を持った実力者だけが試験官として行使出来るようになったの」



 等級という制度は、依頼の難易度や危険度を表す目的の他にその冒険者の信用度を表している。適材適所、力及ばずな者でもなく、力余まる者でもなくその冒険者の実力に合わせた難易度の依頼を示す為に等級という制度があるのだ。


 試験官は――いわば最終チェック項目


 あらゆる項目にㇾ点を書き込んだ上で、最後の確認として用意されるのが試験官という存在である。最悪、それ以前の項目が全て間違っていたとしても試験官の下す判断が優先されるくらいには試験官の持つ権限と責任の重圧は大きい。



 変革後より試験官の数は大幅に減少したが、冒険者組合全体での依頼達成率、生存率は軒並み過去水準より遥かに向上した。これも教育が成せる技である。


 誰が教育したのか、誰に叩き込まれたのか

 それは翔太自身、触れずとも理解している話。



「ちょっと歩こ」



 昼食を食べ終わって腹を満たした後

 僕はキャニィにそう誘われた。



 中心街から東の方向へ伸びる小道を歩き、いくつかの住宅と農耕地を通り過ぎ、上流から流れ来る小河が目に入るくらいになって、ようやくキャニィは歩みを止めた。


 この辺りは見渡す限り草木が生い茂っており全く整備が回っていない。

 街の中では繁栄に見かけた外灯も一切見当たらなければ、人の姿も見当たらない。



 町から完全に外れた荒野に僕は立っていた。



「キャニィ......ここで何するの?」


「もう少しで準備できるから待ってて」


「うん、もちろん待つよ」



 彼女は僕から10m程離れた場所で何やらうずまっていた。


 やはり気になって駆け寄ってみると彼女は手で包めるサイズの小さな正六面体キューブを持っており、大量の魔素がそれに流れて行くのが見えた。



 魔素を受けて彼女の手の中のキューブが胎動するように光を放つ。

 僕はそこまで見て数歩後ろに下がり、成り行きを見守る。



「『不可視インビジブル』『防御プロテクション』」



 キャニィがそう唱えた途端、キャニィの持つキューブから発せられた光が幕のようにこの場を覆い尽くした。


 その幕は周囲を取り囲み、ある程度経ってから消えた。


 もう一度キューブを見ると、先程までの光は消えていて魔素もほとんど残っていなかった。これだけだとただの無機質なガラクタのように見える。



「今のは.......」



「......この規模だと消費する魔素が段違いだね」



 彼女は魔法を発動するのにかなりの魔素を消費したみたいでその場にぺたんと座り込んだ、やはり僕の目には見えていないが魔法が発動されているらしい。



「この領域は認識阻害と防御の二つの効果がある。一つはこの領域の外から領域の内側私達を見えなくさせる効果。もう一つは壁を生成する効果、私じゃだいたい”弱”くらいの効果しかないけどね」



 へたり込みながらも、僕が理解できるよう分かりやすい説明をしてくれたキャニィの優しさに感謝しつつ未だに肩で呼吸をしているキャニィへ心配が募る。



「キャニィ大丈夫?まだ息が整ってないけど」



「あ、うん全然大丈夫。私そんなに魔素量が多い方じゃないから大規模な魔法を使用するとすぐバテちゃうんだよね......はは」



 彼女はまだ汗がにじむ顔をぬぐって手をついて立ち上がる。

 そして軽くステップを踏むとその場で



「っと!!!」



 大きく跳んだ。


 まるで羽でも生えているかのように軽く跳ねた彼女はだいたい10mくらい跳んでいるように見える。


 あの細い脚から繰り出されているとは到底思えない。



「ちょっとかがんでてー!!」



 僕は言われた通りにかがむ。



「ーー炎魔法、焔纏ほむらまとい



 彼女の足に炎が纏わりつき形を成す、まるでそれは刃のように鋭い炎だった。

 そのまま彼女は大きく体勢を翻すと、その足を円を描くように振るった。


 草木で荒れ果てた土地をあっという間に焼け野原に変わり、周囲は以前にも増して開けた。



「っと......こんなものかな。見栄え重視、快適さ重視ってことで」



 降りてきたキャニィは周りでバチバチと音を立てて燃えている雑草を見下ろしながらそう言った。



「それで......僕は今から何をするの?」



 僕がそういうと彼女は急に真剣な顔になって僕の方を見てきた。

 それは、出会った頃より厳しいものではなかったけれど、確実にそれに近い圧迫感があった。



「ショータは元々この世界の人間じゃない。だから戸籍もなければ親もいない、そんな中で生活していく方法は2つしかない」


「2つ......」


「一つはどこかのお店で働いていくこと。これは条件を探せば案外あるものだし、現にそうやって生活していく人も多いし」



「なるほど......」



「もう一つは冒険者になること。戸籍が無くても親がいなくても誰でも成れるチャンスがあるのが冒険者。私はショータに冒険者になってほしいと思ってる」



 冒険者はあくまで冒険者組合やその他の冒険者ギルドなどの斡旋と仲介を経る事でようやく認めれられる職業。等級が上がれば上がる程、安定性という言葉からはかけ離れた依頼が待っている。


 それでもなお、キャニィはやはり翔太を誘う。



「キャニィ......」



「冒険者の方が報酬の上振れも大きいし、人間じゃ考えられない程の魔素量をもってるショータなら絶対上手くやっていけると思う.....ってのもあるんだけど」



「あるんだけど?」



「私がショータと一緒にパーティを組みたいっていう理由の方が......大きい」



 頬が熱い視点が定まらない。

 それでもキャニィは言葉を止めない。



「!!!」



「だから、ショータには私と一緒に冒険者になって色々な国を巡って、迷宮に挑んで、互いに支え合っていける関係になれたらいいなって.......思ってる」



「.......僕は」





 僕は憧れていた異世界に来たこの2日間でいくつか思ったことがある。


 1つは現実と理想の違いだ。


 僕が思っていた異世界は、もっと簡単なもので。

 異世界に来れば勝手に強くなるんだろうってそう思っていた。


 だけど現実はそうじゃなくて、身体強化があっても変わらず弱いし、スライムにすら手も足も出ないし、上手くいってほしいことも失敗続きだった。



 2つ目は社会がしっかり存在すること。



 昨日、今日でこの町を見てそう思った。

 商店があれば、その商品を作る業者がいて、そしてその部品を作る業者もいる。また、税制を取り入れていて、その集金はこの町の地域発展の為に使用されていることも知った。


 それぞれが、それぞれの役割で絡み合い、歯車となることでこの社会が成立していることをこの世界に来てハッキリと理解することが出来た。



 僕は彼女との出会いを運命だと思っている。

 

 あのままじゃ僕はあそこで何もできずにただ死んでいたのかもしれない。

 もし生きて町まで来れたとしても、右も左も分からない中で路頭に迷うのが予想できるだろう。



 彼女が僕に冒険者になってほしいと望んでいるのであれば、僕は迷いなくその道を選ぶ。


 勿論、冒険者への憧れの感情も大きい。


 だけど、彼女が期待を寄せてくれているという事が僕にとって一番大事だった。



「勿論!冒険者になりたい......僕はキャニィのになりたい!」



 僕がそう言うと彼女はぎょっとした顔をした。


 ちょっとばかり間固まっていた彼女に大丈夫?と声をかけたら、蝋燭の火をかき消すように長くて細い溜息を吐いた。



「まぁ......今はいいや。それよりも明日からここでショータを徹底的に鍛え上げる予定だから!絶対に......絶対に逃げちゃだめだからね!!!」



「は、はい!!」



「絶対!!!絶対だからね!!」



「それって逃げろってことの前振りじゃないよね?」

「違う」



「はい.......」




 僕の返事を聞いた彼女は、踵を反して町の方へ歩き始めた。

 僕は慌てて彼女についていき、そのまま宿屋に帰った。


 途中で何でさっき溜息をついたのかを聞いてみたんだけど、彼女は一向にはぐらかすばかりで結局分からなかった。こういう所が可愛いというか新鮮で好きだ。



 明日から頑張って行こう。

 やるべき事は定まった。


 後は進むだけだ。











 こうして



 三上翔太は異世界へと転移を果たし、冒険者となる道を選ぶことを決めた。

 その過程全てが彼とっては初めての経験であり、同時に彼を魅了した。


 だが最も彼を魅了したのはキャニィだった。


 彼にとって幼馴染以外の女性と触れ合う機会というのは無いにも等しい。そんな中で遭った絶世の美少女である獣人の女の子に彼の心は大きく傾くこととなる。



 しかし



 それに呼応するかのように

 カウントダウンが始まってしまう。










「こ.....こは.......どこなの?......翔太は?」





 最悪の逃走劇の開幕が迫る。

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